八王子 コラム
公開日:2025.08.07
―連載小説・八王子空襲―キミ達の青い空
第23回 作者/前野 博
(前回からのつづき)
「母さん、もう寝た方がいい」
隆は、寝かしつけようとキミの体にそっと手を回した。
「寝るわ。どうでもいいわ。お父さんの好きなようにすればいいさ」
キミは目を瞑り、隆の腕の中に体を預けた。
「おまえは優しいね。いい息子だよ」
キミは穏やかな顔に戻っていた。このまま、落ち着いて寝てくれさえすればいいのだ。隆は、キミを横たえ、布団をかけた。
「まだ、お父さんとお春さんはいるかい?」
なんと答えたらいいのだろうか? 隆には、父もお春さんも明彦も見えない。
「いないよ。みんな、仏壇の中に帰ったんだね」
「そうかい、それは良かった。もう夜も遅いからね。みんな、寝た方がいいよ。おまえも、早く寝るといいよ。明日の朝、学校に遅れると大変だからね」
7.幸助とお春
あれから一週間が経ち、キミと由江は約束通り、元八王子村の寺や公民館に集団疎開している国民学校の生徒達の散髪にやって来た。
「由江さん、キミさん、助かります。子ども達も喜んでいますよ。早速、お願いします」
村上の明るい笑顔が、キミにはまぶしかった。気持ちが浮き立つのが、自分でも分かった。
「前回と同じ場所でいいですか?」
由江が素早く反応して、散髪の準備に掛かった。キミの視線はまだ村上から離れなかった。
「すいませんね。今日も天気は良さそうですから、そこでいいです。
さあ、順番に、頭を刈ってもらおう。先週、散髪してもらった生徒は残って、勉強を続けなさい」
隣保館に宿泊している学童は三十人、前回は半数が散髪を終えていた。
「僕が一番だよ」
恵介が、キミの所に駆けて来た。前回は、恵介の前で、散髪は終了となってしまった。〈続〉
◇このコーナーでは、揺籃社(追分町)から出版された前野博著「キミ達の青い空」を不定期連載しています。
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