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藤沢 人物風土記

公開日:2018.03.30

小説家で、かつて鵠沼にあった「割烹旅館東屋(あずまや)」などの歴史に詳しい
佐江 衆一さん
片瀬在住 84歳

文人の足跡、後世に

 ○…明治、大正、昭和にかけて、当時の文壇を飾った作家たちが逗留した割烹旅館がかつて鵠沼にあった。名を「東屋旅館」という。谷崎潤一郎、芥川龍之介、志賀直哉―。名だたる文人が時に酒を酌み交わしながら文学論を戦わせ、傑作が生まれた場所でもあった。「文学に関するこれだけの面々が集まった、いわばひとつの文化遺産。地域に暮らす多くの人に知ってほしい」と朗らかな口調で語る。

 ○…江の島や富士山を臨み、テニスコートやダンスホールも備えた瀟洒(しょうしゃ)な佇まい。都会の喧騒を離れて滞在するのは文人の流行りだったこともあり、幾多の逸話も生まれた。「面白いのはね」と繰り出したのは、谷崎潤一郎と佐藤春夫のエピソード。谷崎の妻を佐藤が慕い、谷崎は佐藤の妹に恋をする。慕情を巡って一時は交友を絶つも、その後互いに認め合い―。「東屋に出入りしていた時期はちょうどその頃に重なる」。一時代を築いた、文人たちの人間模様が垣間見える。「作家同士の付き合いで作品にも影響があったり。そういうことを知ると面白いでしょ」

 ○…10年ほど前、旅館跡の石碑に揮毫(きごう)したのを機に、藤沢ゆかりの歴史を語り継いでいる。「藤沢は宿場町だからね。文化的な史跡はほとんど残っていないんだ」。一方で、宿場町ならではの文化形成があったとも。「例えば宿泊客が俳人だと、世話をする女中がその影響で教養を身に着けたりする。旅人が置いていくものを育む文化というのかな」。そうした歴史的背景も、後世に伝えたいもののひとつだ。

 ○…御年84歳。これまで芥川賞候補に5度名を連ね、現在も精力的にペンをとる。今年1月には3部作の完結編となる『エンディング・パラダイス』を上梓した。目下、創作意欲の原動力となるテーマは「戦争」。戦災体験者であり、今再び国が戦争に向かっているかのような憂いから警鐘を鳴らす意味もある。「自分のペースで、生きている内は書き続けたい」。そう結んだ。

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