祖母の生き方を例に、終末期の医療福祉連携体制を考える催しを開く 櫻井 純子さん 岩瀬在住 42歳
祖母からの学び、地域へ
○…庭に咲く季節の花や実をつけた柑橘類を縁側から眺め、冬は掘りごたつでウトウト。「さっちゃん」こと祖母・山本幸子さんが望んだのは、穏やかな自宅での日々を最期まで送ることだった。専門家の力を借りながら、父と共にその願いを実現した経験を基に、終末期の医療福祉について考える催しを祖母宅であす開催する。「最期を迎える場所は、病院や施設だけじゃない。支援を活用すれば、自宅でという願いも叶えられる」
○…岩瀬で生まれ、短大卒業後、看護師に。旅行先のカンボジアで知識不足によるHIV感染率の高さを知り、「いつかアジアで健康教育を」という夢が生まれた。28歳で保健師の資格を取得。最初の勤務地に選んだのが沖縄の離島・与那国島だった。「別の島の病院に行くのに時間もお金もかかり、体制が十分でない場所。その分やりがいもあった」と振り返る。
○…「共働きの両親に代わって、幼い頃から世話をしてくれたのが祖父母でした。学校行事にも来てくれて」。そんな祖母が4年前、病に。入院と施設入所を経験したが、祖母が望んだのは「自宅へ帰ること」だった。だが、希望を伝えても入院を前提とした話しかされず、疑問と憤りを感じた。一人暮らしの祖母を支えるため、仕事を辞め、実家に戻り、在宅支援を活用しながら、祖母宅を開放し、地域との交流の機会を設けた。
○…今年5月、祖母は息を引き取った。「最期まで色々なことを学ばせてもらった」。3年前から続く祖母宅での催しは続けているが、大学院の論文執筆が佳境のため、月2回で精一杯の状態。「一時は貸家にと思ったけれど『地域のために残したら』という声があって。愛着を持って活用してくれる人が増えたら嬉しい」とほほ笑んだ。