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茅ヶ崎・寒川 社会

公開日:2026.02.06

茶屋町稲荷講が伝統祝典
松林地区 昭和初期から実施

  • (上)中央の宿を務めた太田さんと祝典を行った茶屋町稲荷講の会員ら(下)昭和7年頃に行われた同講の祝典

    (上)中央の宿を務めた太田さんと祝典を行った茶屋町稲荷講の会員ら(下)昭和7年頃に行われた同講の祝典

 茅ヶ崎市松林1丁目の茶屋町稲荷大明神で1月31日、同稲荷講が毎年恒例の祝典を開催した。

 稲荷講とは、稲荷神を信仰する人々が2月最初の午(うま)の日である、初午の日に五穀豊穣を祈る祭礼などをする目的で結成された組織(講)を指す。会員は現在8人だが、以前は20人以上が在籍していたこともあるという。同稲荷神の名にある茶屋町の地名については、江戸時代に旧東海道の松林1丁目に「牡丹餅(ぼたもち)茶屋」と呼ばれる休憩所があったことに由来する。

 同講の祝典は初午の前に実施。その歴史は定かではないが、関係者によると昭和7年頃から始まったとされる。以前は2日間かけて行っていたといい、式典に加え、「宿番」という客をもてなす当番の家で昼間に懇親会が開かれ、料理が振舞われていたほか、夜には太鼓を叩いて地域を回ったという。

 今回の祝典では、講中の地域住民が稲荷神に集まり、お膳と共に榊(さかき)、御神酒を奉納し地域の安心安全を祈願した。2026年度の宿番を務めた太田健太郎さん(87)は「戦後の食糧難の時代、宿番のお母さんがお腹いっぱい食べていけって言ってもらってごちそうになり、うれしかった。この伝統行事を次世代につなげ、守っていきたい」と話した。

 茅ヶ崎市博物館によると、「戦後、農地から宅地へと開発が進み、講は全国的に減少した。茅ヶ崎でもその数こそ把握し切れていないが、極めて少ない」としている。

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