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秦野 はだのっ子 いま・みらいコラム

公開日:2011.05.28

はだのっ子 いま・みらい
教育寄稿第29回
愛は復興への力
内藤 美彦

 仕事の関係で顔が広く、なにかと融通の利く知人がおりました。そのため、頼まれごとを多くの人からされるのです。誠実な彼はよく面倒をみてやりました。後日、頼みごとをした人に彼が会った時「その節は」と礼を言う人と知らん顔の人がいるのだそうです。知らん顔の人には、腹が立ってしまうのですが、腹を立てている自分も卑しい人間に見え、気が滅入ってしまいます。それは、恩着せがましさをいつまでも抱えているからと気づいたのです。そこで、頼まれごとが成功すると、すぐに忘れることにしたと話していました。



 人に尽くした時、感謝を期待するのは当たり前のことでしょう。でも、真に相手のことを考え、自ら進んで行った場合は、見返りなど全く考えません。「愛は無償」と申します。子のために、親は命も惜しみません。それが「愛」であり、親である証しでもあります。



 東日本を襲った大震災の被害地への支援の輪が広がっています。百億円もの私財の寄贈から炊き出しなどの仕事など、自分のできる範囲の援助をしている誰もが、見返りなど求めていません。一日も早い復旧を願っているだけです。こうした無償の行為には、頭が下がり、心温まります。



 タイガーマスクの名前で、昨年のクリスマスに、群馬県の中央児童相談所の玄関に、10個のランドセルが積み上げられていました。それが発端で、各地の児童養護施設に「タイガーマスク運動」とでもいう寄付行為が続出したのでした。



 昨年の大晦日、鳥取県の国道9号で、吹雪のためスリップした大型車がスリップして道をふさぎ、千台の車が立ち往生しました。沿道の人がトイレ開放の看板を出し、パン屋さんは1俵半の米を炊いて近所の人たちとおにぎりにし、まんじゅう店は商品千二百個を配ったのです。車に閉じ込められていた人々には「地獄で仏」だったと思います。



 これらの行為は、困っている人を見過ごせない、やむにやまれぬ心情から生まれたものです。そこには損得はありません。愛の行為なのです。愛を発露することで、自分も相手も、幸福感に満たされます。愛は人に力を与え、人を強くします。誰もが持っている愛が、今回の大災害から日本を復興させる原動力なのです。



■プロフィール



横浜国立大学卒業。秦野市立小学校教諭。秦野市立本町小学校校長。秦野市教育委員会教育長を歴任。

 

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