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青葉区 人物風土記

公開日:2026.02.19

キウイ栽培を通じて福島の復興支援に取り組む
阿部 翔太郎さん
柿の木台出身 24歳

  • 阿部 翔太郎さん (写真1)

キウイに懸ける若き熱意

 ○…キウイ栽培を通じて、東日本大震災で被災した福島県大熊町のフルーツ栽培を再興させようと試みる若き起業家。2月8日には地元・青葉区で講演を行い、被災地の現状と自身の事業の展望について語った。「ただ支援するだけでなく、自立した経済復興が重要なんです」と熱弁する。

 ○…「バリケードや震災で倒壊しかけた商店、テレビで見た光景がまだ眼前に広がっている」。ジャーナリストを志していた慶應義塾大学の1年時、サークル活動の取材の一環で訪れたのが大熊町だった。震災から約10年、いざ現地に立つと今まで漠然と抱いていたイメージが消し飛んだ。そのまま大学を1年休学して福島県で過ごす。当初はジャーナリストとしての使命に燃えていたが、フルーツ栽培が盛んだった大熊町で人々と触れ合ううちに「本当に必要なのは地場の産業を再興させること」と考えるようになった。

 ○…「キウイの輸入量は年間10万tで国内生産量は2万t。良いものを作れば売れるんです」と商売人の顔も覗かせる。在学中に会社を共同創業。2024年に大熊町に移住し、キウイ栽培に並行して卸売りや名産品の開発に勤しんだ。「間引きも水やりも手探り。やり直しのきかない仕事に苦労し通しでした。でも3年かかるキウイがやっと今秋、自分たちの畑で初めて収穫できます」とほほを緩ませる。

 ○…少年時代、バスケットボールに打ち込んだスポーツ少年は畑仕事もなんのその。能登半島や山形県など、休日も無く各地の農家や経営者と交わり”復興”について考える。震災前には大熊町の売上高があと一歩で1億円だったキウイ。「まずは1億に届かせる。他のまちのモデルになるような事業に育てたい」と熱意を燃やした。

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