都筑区版 掲載号:2018年12月6日号
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横浜市立川和小学校 富士望む田園に抱かれ70年―。 写真で「タイムスリップ」

教育

1開校時の校舎・川和公会堂(1948年頃撮影)
1開校時の校舎・川和公会堂(1948年頃撮影)

 横浜市立川和小学校(川和町1463)が今年、創立70周年の節目を迎えた。戦後まもない日本の混乱期に誕生した同校。今号のタウンニュース都筑区版では、70年の歴史を写真などで振り返るとともに、11月25日に行われた70周年記念式典・祝賀会や小学校の歩み、卒業生の声などを紹介する。

 富士山まで約80Km―。市営地下鉄「川和町駅」から望む景色は「富士山が日本一綺麗に見える地下鉄の駅」として、日本一ネットから認定された。また、駅周辺には今も田園風景が残るエリアだ。

 1879年、都筑郡役所が川和に移転されたほか、警察署や郵便局など公的機関が集積し、周辺地域の行政の中心地として栄えた川和地区。終戦から3年後の1948年は、第一次ベビーブームで「子どもが増えたし、川和にも小学校がほしい」という地域住民の声が高まり、総工費約70万円(現在の金額で約3200万円)を町民らが寄付し、川和小学校が誕生した。校舎はまだ現在の校地にはなく、バス停「川和公会堂前」付近(川和町1234)に存在していた。

「川和の菊」校章に

 翌49年には、江戸時代から栽培していたといわれる「川和の菊」をモチーフに校章が制定された。全国的に有名で、菊の開花時季には見物客でにぎわっていたことから、当時の副校長が、菊の花びら3枚と片仮名の「カワワ」、小学校の「小」の文字を中央にあしらい、デザインを考案した。

 児童数が徐々に増えていき、校舎内も窮屈になってきた55年、現在の校地に分校開校。給食は本校から、リアカーで運ばれていた。58年に本校と分校を統一し、現在の校舎に移転。73年には、木造校舎から鉄筋4階建ての校舎に改修された。

 78年になると、児童数は開校以来最高の1304人に達し、現在446人の約3倍にも及んだ。都筑区が誕生した94年、川和東小学校が開校し、多くの子どもが転校したが、これまで6625人もの卒業生が同校から巣立ち、地域社会に旅立っていった。学校周辺で会社を経営するなど、川和に残る人も多い。また町内会や地域団体のメンバーとして活動したり、川和小の授業の一環で、児童に稲や大豆の作り方を指導したりする人など、卒業後も地元・川和の発展に寄与し続けている。

記念ロゴマーク誕生

 同校は昨年、70周年を記念して全校生徒から「ロゴマーク」を公募。地域の人たちの「協力」と学校の友達などの「友情」をテーマにしたという、門田詩音さん(6年)のデザインが選ばれた。

 学校体育館に展示された横断幕や記念誌などに使用され、70周年に花を添えているようだ。
 

2現在の校地に木造校舎開校(1958年頃撮影)
2現在の校地に木造校舎開校(1958年頃撮影)
3給食をリアカーで運ぶ(1955〜57年頃撮影)
3給食をリアカーで運ぶ(1955〜57年頃撮影)
4体育館落成式(1967年撮影)
4体育館落成式(1967年撮影)
5 現在の校舎(2018年撮影)
5 現在の校舎(2018年撮影)
「協力と友情」がテーマのロゴマーク
「協力と友情」がテーマのロゴマーク
菊をモチーフにした校章
菊をモチーフにした校章

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