民間主導型の大規模開発と合わせて誕生した東戸塚駅がきょう10月1日、開業40周年を迎えた。元々はのどかな山林が広がる地域だったが、いまでは1日の乗降人数が約12万人にも上る成長を遂げている(関連記事=人物風土記、中面に東戸塚エリア特集掲載)。
1980年10月1日に開業した東戸塚駅は、横須賀線と湘南新宿ライン(宇都宮線直通)の停車駅。1日の乗降人数は2019年度が11万7776人。14年前の06年度から11万人台となり、以後その人数で推移する。
駅周辺には西武やイオンなどの大型商業施設や多様な形態の店舗、病院などが並ぶ。住宅地としてもタワーマンションや徒歩圏で戸建てなどが建ち、区内はもとより、市内でも人気エリアだ。一方で駅利用者の増加により、特に朝夕のラッシュ時の混雑改善を求める声は多い。尾崎広幸東戸塚駅長は「多くのお客様に支えられていまがある。感謝の気持ちを忘れずに最良のサービスを提供していく。優れた鉄道システム技術、新型車両を計画的に導入し、快適に利用してもらう取り組みを進める」と話す。
区画整理を実施
東戸塚駅の開業に地域住民とともに尽力したのが、新一開発興業(株)(現在の新一開発(株))の創業者・福原政二郎氏だ。政二郎氏は1904年岡山県生まれ。大学卒業後、官僚、弁護士を経て実業家に転身した。転機となったのが取引先の銀行の依頼を受けて住宅地開発の候補地を探すなか、現在の東戸塚エリアを視察に訪れたとき。1963年のことだった。「東京近郊でありながら、農村の風景が残るここに駅を作り、地域全体を開発できないか」と考えたという。早速都市開発のマスタープランを作成し、国や県、市に自らの計画を伝える。その中で区画整理方式を採用。65年に新駅設置を目的に結成された委員会が、1万5千人余りの署名を添え、横浜市長に陳情を行っている。一方で土地の権利を持つ地元住民への説得を続けるなか、67年には前田秋葉地区の区画整理事業認可を皮切りに、以後順次該当エリアの認可、工事の着工が進む。
そして1977年10月、政二郎氏の新一開発興業と横浜市長との間で正式に駅設置に関する覚書が締結。但し、請願による駅のため、その費用は地元負担となっていたことから、同氏が25億円の建設費用を寄付する。79年新駅起工式が行われ、翌80年10月に開業を迎えた。
政二郎氏の子息で現在、新一開発の代表取締役、東戸塚街づくり開発委員会の会長を務める、福原稔氏は「少子高齢化などの問題もあるが、100年後の東戸塚の発展を見据えた街づくりを進めていきたい」と語る。
*参考資料「民間活力で生まれた街 東戸塚。」新一開発興業(株)発行
|
<PR>
戸塚区・泉区版のトップニュース最新6件
|
|
|
|
|
|