保土ケ谷区 文化
公開日:2026.01.01
『タエとあいば』
江戸時代から伝わる民話
――この物語は今から約200年前の江戸時代のお話しです。
白根町(旭区)の八王子往還旧道沿いにある馬頭観音には、こんなお話しがありました。白根町には馬を何頭も飼っている、馬主の米造さんがおりました。米蔵さんには、タエという美しくて気立ての優しい18歳になる一人娘がおりました。タエは何頭もいる馬の中でも、若駒と呼ばれる駿馬に深い愛情を注いでいました。
「疲れただろう、さあ、帷子川の水で身体を綺麗に洗ってあげようね。ほら飼い葉だよ、食べておくれ」と、その姿はまるで仲の良い恋人同士のようでした。
村人たちも「米蔵さんの所の若駒という馬は、娘のタエさんのいう事なら何でも聞くそうでねえか」、「それに、えらく仲がいいんだってね」と村中でも評判です。
とろころがある日、若駒は突然病に襲われて、倒れてしまいました。タエは若駒が心配で馬小屋で藁まみれになりながらも懸命に看病しました。たてがみを優しく撫でながら「元気になっておくれ、また私と一緒に野山を走っておくれ」と、涙を流しながら励ましましたが、若駒は一向に良くなりません。そこで、ある朝早く「おとー、私これから神奈川宿に行ってお医者様を呼んでくるよ」と言いました。米蔵さんは心配でしたが「道中くれぐれも気をつけていくんじゃぞ」とタエを送り出したのです。ところが3日経ってもタエは戻ってきません。困り果てていると、突然若駒が立ち上がり「ヒヒーン」と一声いななき馬小屋から駆け出して行きました。それから何日後、タエは若駒の背に乗って帷子川の方から帰ってきました。「おとー、心配かけてごめんなさい。なかなかお医者様と会えなくて困っていたら若駒が迎えにきてくれたの」
ところが若駒は、病気の体で無理をしたためか、間もなく亡くなってしまったのです。村人はタエの悲しみを慰めるためにと「馬頭観音を建てて供養しようではないか」と言いました。供養が終わってから何日か経った夜、タエは夢を見たのです。野山を走り、過ぎ去った楽しい日々が思い出され、タエの心は弾んでいます。
次の日の朝、タエは馬頭観音に寄り添うように亡くなっていたのです。村人は「きっとタエちゃんは天国で若駒と結ばれているんだよ」と噂をしていました。
※主に保土ケ谷区内に伝わる民話や昔話を題材にした紙芝居の制作と口演活動を続ける市民グループ「えかたりーべ」(門脇るり子代表)の作品『タエとあいば』から抜粋。
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