保土ケ谷区 教育
公開日:2026.03.26
保土ケ谷高校
帷子川が横浜開港に一役
生徒視点のレポート完成
県立保土ケ谷高校(間橋元治校長)では、2年時の選択授業(社会科)で「郷土史かながわ」を学習する。今年度は32人が選択し、1年をかけて知識を深めてきた。このほど、学習成果としてまとめたレポート「保土ケ谷発、ヨコハマ行――歴史を運ぶ高校生たち」が完成した。授業を担当した村上将教諭によると、帷子川流域の保土ケ谷地区が横浜の発展に大きく寄与したのではないかという仮説の元に探求した内容を約40枚のレポートにまとめたもの。
例年1学期に神奈川の歴史について学ぶという「郷土史かながわ」の授業。生徒は学習を進める中で、保土ケ谷区を流れる帷子川が旧横濱村の地形をつくりだしたことが開港地に選ばれる一因となったことや、世界でも有数の乗降者数を誇る横浜駅周辺の膨大な人口に衛生的な飲料水を提供しているのが保土ケ谷区内の西谷浄水場であることを学んだ。
村上教諭は「生徒たちはペリー来航の話が印象的だったようで、『横濱が当時の日本を支えていたのではないか。港を作ったのは帷子川なのではないか』という仮説を立てて、2学期以降の学習を進めました」と説明する。その後、生徒はいくつかのグループに分かれ、テーマ別に学習。保土ケ谷区内にある陣ケ下渓谷周辺をはじめ、帷子川流域散策、西谷浄水場見学などのフィールドワークも行った。
無名の寒村 国際貿易港へ
レポートでは、「『ヨコハマ』の発展は『保土ケ谷』が支えた」として、4章に分け説明されている。第一章の「横浜開港は帷子川の賜物」では、なぜ横濱村が開港地に選ばれたのかという問いに対して、保土ケ谷区内を流れる帷子川の役割を論じている
当時の黒船が安全に停泊するためには8から10メートルの水深が必要であったが、東京湾奥部は遠浅で大型船の入港は困難を極めた。ここで決定的だったのが、短距離急勾配で洪水時の侵食や運搬作用が強い帷子川の地形的寄与であった。帷子川が河口付近に深い入江を形成していたことが、黒船の喫水条件をクリアし、無名の寒村を国際貿易港へと変貌させる必然性を生んだとしている。
また、保土ケ谷は開港以前から東海道の宿場町として交通、物流、情報の集積都市としての機能を備えていた。開港後はその備蓄された人的資源や商業ネットワークが、横浜の急速な近代化を支えるバックボーンとなった。また、帷子川の良質な水を利用した捺染業(横浜スカーフ)や富士瓦斯紡績などの大規模工場を立地し、物流の要衝として横浜港と相互補完的に発展を遂げた姿が、生徒たちの調査によって浮き彫りにされている。
さらに、横浜市民370万人の命を支える水の供給においても、帷子川水系を水源とし重力による自然流下を可能にする高低差を持つ西谷浄水場にも注目。「西谷浄水場が整備されなければ、横浜がこれほどの人口増加に耐え、大都市へと成長することは不可能であっただろう」としている。
一方で、生徒たちは都市化に伴う環境負荷などによる「影」の部分にも真摯に向き合い、長年の経済発展がもたらした河川汚濁や治水問題といった課題を、街の歴史的経緯の一部として捉えている。また、『清水流れて 若き集い』と校歌に謳われる郷土の風景の中に、幾重にも重なる歴史の層を見出している。
村上教諭は「自分たちがこれまでに知らなかったことを自分たちで調べたことによって、自分たちの視点で様々な気付きが生まれたということはとても素晴らしいと思う。この1年の学習の成果を今後に生かしてほしい」と話す。
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