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「土木事業者・吉田寅松」【19】 鶴見の歴史よもやま話 鶴見出身・東洋のレセップス!? 文 鶴見歴史の会 齋藤美枝 ※文中敬称略

掲載号:2021年2月25日号

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横浜開拓の守護神「お三の宮」

 勘兵衛は、明暦二年(一六五六)七月に幕府の許可を得て、横浜の大岡川河口の釣り鐘状の入海の埋立工事に着手した。

 現在の京浜急行の日の出町駅裏の天神山や市大病院の裏にあった中村大丸山を崩した土砂で、海水の流入を防ぐ潮除堤(しおよけつつみ)を築いたが、翌年五月の梅雨の長雨で堤は流されてしまった。

 埋立工事を成功させるため、子供のころから信仰していた権現をまつる山王社を建立。この山王社は、「横浜開拓の守護神」として広く崇敬を集めている「お三の宮 日枝神社」である。

 日枝神社の境内に掲げる由緒書きには、「旧は山王社稲荷社と称し後西天皇の御宇、江戸の住、吉田勘兵衛良信公が横浜吉田新田百六十町歩の埋立大工事を完成するにあたり新田住民の守護と五穀豊穣とを祈願のため寛文十三年九月十日社殿を建つ。

 なお吉田新田は万治元年より工を起こし十有余年の歳月と私費八千余両を投じて出来(しゅったい)せり。埋立によりおさんの伝説を生みたり」と記されてあった。

 神仏の庇護と土木技術に精通した砂村新左衛門に技術面での協力を受け、万治二年(一六五九)二月、再び埋立工事に取り組んだ。

 土砂だけでなく安房や伊豆から運んできた石を積んで潮除堤を築きなおし、寛文七年(一六六七)に完成させた埋立地は「野毛新田」と名付けた。寛文九年、四代将軍徳川家綱が勘兵衛の功績を称えて「吉田新田」と改称し、勘兵衛は名字帯刀を許された。
 

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