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「土木事業者・吉田寅松」㉓ 鶴見の歴史よもやま話 鶴見出身・東洋のレセップス!? 文 鶴見歴史の会 齋藤美枝 ※文中敬称略

掲載号:2021年4月22日号

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日光鐡道碑

 JR東日本日光駅前にひっそりと建つ「日光鐡道碑」に吉田寅松の名前が刻されている。

 明治二十七年五月に建立された、漢字だけで刻まれた碑文は、難解で判読不明な部分もあるが、次のように読める。

――日光は東京より三十里を隔て渓や山は奥深く静かで滝や泉も多く、徳川氏の祖廟は荘厳金碧、壮麗広大で美しさを極めている。「日光を見ずして結構と言うなかれ」のことわざもあるが、惜しむらくは、交通の便が悪い下野国(栃木県)の奥に位置している。これを聞いた吉田寅松君が宇都宮・日光間の鉄道工事を請け負い、丘を削り湿地を埋める工事にはすこぶる苦労したが、明治二十三年一月に起工して八月に竣工させた。これにより都会や近隣から多くの遊客が朝な夕な訪れるようになった。鉄道局長井上勝君や技師たちに感謝し、工事中に土中から出た石に刻んで、日本鉄道会社にこれを納め永く伝える――

 文章を起草したのは、伊藤博文に仕えた政治家で漢詩人の矢土勝之。文字を書いたのは貴族院議員の巌谷一六。一六は児童文学者巌谷小波の父で能書家、明治の三筆の一人。独特の書体で書かれた「晃山益美」「晃山益芙」とも読める題字を揮毫したのは、京都府知事も勤めた貴族院議員の中井弘。中井は、宇都宮・日光間の鉄道が開通した明治二十三年に日光見物に出かけている。

 元薩摩藩士で脱藩してイギリスに密航遊学し、帰国後は後藤象二郎や坂本龍馬ら土佐藩士と共に活動し、明治維新のうねりにおおきな役割を果たした豪胆奇才、明治の怪傑と称された中井は、明治の元勲たちとの交遊も広く深く、築地に新築した洋館には、西郷従道や伊藤博文、大山巌などが朝な夕なに訪れにぎわっていた。

寅松も仲間入り

 薩摩藩御用達商人から身を立てた吉田寅松も、鹿島岩蔵や大倉喜八郎など政府関連の土木事業で地位を築いた同業者たちとともに中井邸を訪れ、隣接する築地梁山泊と言われた大隈重信邸などで交遊する貴顕紳士の仲間入りをしていた。

 明治十六年に建設された鹿鳴館は、大倉喜八郎の大倉組が請負い、漢籍にも精通し自らも漢詩をものした中井が、「詩経」の「呦呦として鹿の鳴くあり、礼をもって君臣や四方の賓客をもてなし、道と徳を修める楽歌なり」から、外交官や外国からの貴賓を接待するための社交場に「鹿鳴館」と名付けた。中井は鹿鳴館や築地梁山泊の名付け親でもあった。
 

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