鶴見区 社会
公開日:2025.08.14
鉄道連隊入隊直前の終戦
馬場在住 古木 嘉夫さん
「千葉の鉄道連隊に入隊することが決まっていたんだよ、終戦の5日後に」。そう話すのは馬場在住の古木嘉夫さん(100)。鉄道連隊とは、戦地で鉄道の敷設や補修、運転、破壊に従事した部隊のこと。
古木さんは、父が鶴見配水塔の建設に関わったことで9歳で鶴見に。
国鉄の車掌となり、第2次世界大戦が激化していた頃は、桜木町-大宮間の運行に従事していた。「1944年の5月かな、列車とスピードを合わせた米軍機から攻撃されたんだ。衝撃的だった」。機銃掃射で列車のガラスが割られ、車内は大混乱。古木さんは咄嗟に列車を緊急停止させる車掌弁を思い切り引いた。
列車は急停車し、米軍機はそのまま飛び去った。古木さんの判断で乗客の死者はゼロ、数人のけが人だけと被害を最小限に抑えることができた。「600人近く乗っていたから、判断が遅れたらもっと酷いことになったと思う。これだけのことをしても、上司からは『ご苦労さん』の一言だけだったけどね」
東神奈川駅で爆撃に
横浜大空襲が起きた45年5月29日の朝は快晴だった。「なのに、あっという間に煙が立ち込めて、太陽が隠れて夜と勘違いするほどの暗さになってしまった」
馬場周辺は幸いにも空襲の被害をほとんど受けなかった。そして、いつも通り出社し、昼過ぎに東神奈川駅の車庫に列車を入れた時、同駅周辺を集中的に狙ったかのような爆撃に襲われた。「すぐ列車の下に隠れましたよ。でも、このままいたらいつか上に落ちてくるんじゃないかと思って家に帰ることにしました」
帰宅を決めても一目散に走ることもなく、「いつも通り」歩き始めた古木さん。「走っても変わる訳ではない。運が悪ければいつか死ぬ。生きているより死んだ方が楽とも思っていた」。若干20歳の青年が死を達観するほどの状況だった。
その時だった。歩き始めてわずか5分後、駅の方から今までに聞いたことのないような爆音が響いた。「さすがにまずいと思って駅に引き返した。そうしたら、さっきまで隠れていた列車がひっくり返っているのが見えて、何が起きたかすぐに理解した。隠れていた全員が亡くなったよ」
そして、終戦間近に届いた鉄道連隊への召集令状。8月15日に自宅のラジオで玉音放送を聞き、「家の外は大騒ぎ。まだ負けてない、勝ったんだとか。自分も敗戦を信じられなかった。だから、5日後に千葉に行くつもりだった」。20日の朝、上司に鉄道連隊の話をした。「『戦争は終わったのにどこで何をするんだ』とバカにされた。そこで敗戦を思い知った。沢山の仲間を失って泣いた。戦争なんて本当に悲惨なもの。平和を守らなければ」としみじみ語った。
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