高津区版 掲載号:2017年12月22日号 エリアトップへ

連載第一〇二六回  「戦争の悪夢」 高津物語

掲載号:2017年12月22日号

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 未だに時折、悪夢を見る。悪夢とは、戦中のことである。

 十六年四月、高津国民学校に入学、その年の十二月八日に太平洋戦争が始まった。

 昭和十九年八月戦局厳しく三年生以上の集団強制疎開が始まった。

 地方の親戚や知合いに疎開できる子以外の子どもは、神奈川県中郡高部屋村日向の浄発願寺(三・四年生)と石雲寺(五・六年生)に集団疎開した。私は中廊下で集団疎開に出発する同級生を見送った後、上の兄が疎開していた母の里港北区網島に縁故疎開した。私が疎開した日の夜、近くの軍事工場安立電気を狙った爆弾が落ちた。

 『港北区史』に「戦争と新田地区」の項で「太平洋戦争で戦災を蒙った農家が新田地区でもかなりある。新吉田は、六間坂に爆弾が落ち死者が出た。板倉清次、八城三郎、藤沢泰晴家等で焼夷弾で焼かれた家である」とあり、その日は私の縁故疎開初日の夜でもあった。物凄い爆風火が裏山を駆け下り、疎開初夜の私に襲い掛かった。真っ赤な爆風が障子をなぎ倒して私目掛けて飛んできて、まるで地獄絵図を見るようであった。

 防空壕に入って私は祖母の胸でワナワナと震え祖母は懸命に御題目を唱えていた。幸いに皆元気で翌朝を迎え兄と新田小学校に行った。が、校門を入った所で空襲警報が鳴り響き、仕方がなく帰宅する。

 鶴見川の土手を歩いている時、北上してきたグラマン戦闘機がダダダダと、機銃掃射をした。反射的に左の小川に飛び降りて避けたが、弾丸はビュンビュンと小川に突き刺さったと思う。

 起き上がって前を見ると、グラマン戦闘機の米兵がこちらを振り返った顔があった。あの弾が当たっていたら、二人とも命がなかっただろう。

 命永らえた私は、今こそ声を大にして叫びたい。二度と戦争はすべきでない、と。如何なる理由があろうとも、戦争は反対である。
 

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