高津区版 掲載号:2018年2月9日号
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連載第一〇三ニ回 「多摩川大洪水の後」 高津物語

 二度にわたる多摩川大洪水をきっかけに、高津町の近代化がスタートした。

 明治四三年八月多摩川沿岸の神奈川県と東京府各町村長と地元総代が、多摩川河身改修に関する請願書を両府県知事に提出、翌年一月橘樹郡高津村他五村村民代表添田知義らが「府県町村区域変更ニ関スル請願書」を内務大臣と衆貴両院議長に、「多摩川治水河身改修同庫支弁ニ関スル請願」を衆・貴議院議長に提出した。

 大正八年(一九一九)六月、内務省は市内小向に改良事務所を設置、翌九年度から多摩川河口から久地に至る多摩川右岸改修工事に着手した。大正一四年七月多摩川に二子橋、八月に六郷橋が架橋された。翌一五年一二月中原町長他四カ村長、丸子橋架橋陳情書を県議会に提出、二月に東京横浜電鉄(東横線)が丸子多摩川―神奈川駅の営業を開始した。

 昭和二年七月、南部鉄道が川崎―登戸及び矢向―川崎河岸駅で営業を開始し、昭和四年四月一一日川崎―立川全線開通した。

 この開通に伴って、南武線が多摩川砂利鉄道を当初名称としたように、多摩川の良質な多摩川砂利と砂が、南部(砂利)鉄道により大量に運搬され、関東大震災後の東京駅前の三菱ビル、丸ビル、東京駅や線路建設のための建設資材として、大量に搬出された。

 多摩川の砂利がなかったら、今日の大東京の発展がなかったと言っても過言ではない。南武線と玉川電車、中央線によって大量の多摩川砂利が搬入され、関東大震災後のビル建設建材となったのである。

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