高津区版 掲載号:2018年5月4日号
  • googleplus
  • LINE

宮前区・高津区特別編 高津物語 「異色画家・青木繁」

 書架を整理する際に、雑誌『方寸』の帙(ちつ)(和本の損傷を防ぐため厚紙に布をはって書物全体を包む覆)の第十巻最後巻に『青木繁追悼号』が出てきて感嘆してしまった。

 今まで見落としていたのは大山街道溝口宿名主(なぬし)『丸屋』の橋本邦三(『高津物語』第1巻に既出)のみを扱い、青木繁を完全に忘れ、青木繁溝口登場も夢ではなくなった。

 橋本邦三の芸大同窓生には石井柏亭、鶴三兄弟が何回も溝口に来て、柏亭は後に芸大教授となって、岡本一平を教える関係になり、岩波文庫の表紙の原画家、平福百穂は久本岡家長女を嫁り、山本鼎は登戸で絵画教室を開いて、川崎の文化に大きく貢献する。

 青木繁の数奇な人生は、今更語るを待たないが、洋画家で久留米の生れ、東京美術学校卒業、窮乏と肺患に苦しみながら、明治ロマン主義を最も良く代表する作品を遺した。作品には『海の幸』『わだつみのいろの宮』等があり、久留米の石橋家との関係で、ブリヂストン美術館に作品の殆どは、収蔵されている。

青木繁が学生時代、学友の橋本邦三を訪ね、小学生だった濱田庄司をモデルにして、二ヶ領用水久地円筒分水近くの油彩画が太田家に現存し、二十数年前にNHKの日曜美術館『濱田庄司生誕100年』で取り上げて放映されたことがあった。

 青木繁は福田たねと結婚、一人息子「幸彦像」が残るが、成人して馬絹の東部等六二部隊に配属となり、周辺の竹を材料に楽器を作り、兵隊の慰問をしていた。戦後「笛吹童子」の音楽で一世を風靡した。その子、石橋エータローは、溝口中央病院で亡くなっているが、知られていない。

高津区版のコラム最新6件

高津物語

連載第一〇四七回「梶ヶ谷を歩く」

高津物語

5月25日号

高津物語

連載第一〇四六回「高津物語22年」

高津物語

5月18日号

高津物語

連載第一〇四五回「連休に兄二人を想う」

高津物語

5月11日号

高津物語

連載第一〇四三回「文化の殿堂オープン」

高津物語

4月27日号

高津物語

連載第一〇四二回「石敢當の由来」

高津物語

4月20日号

高津物語

連載第一〇四一回「ラジオ深夜便の反響」

高津物語

4月13日号

高津区版の関連リンク

あっとほーむデスク

高津区版のあっとほーむデスク一覧へ

イベント一覧へ

サークル祭で趣味探し

サークル祭で趣味探し

9日、10日 高津市民館

6月9日~6月10日

高津区版のイベント一覧へ

最近よく読まれている記事

コラム一覧へ

  • 高津物語

    連載第一〇四七回「梶ヶ谷を歩く」

    高津物語

    5月25日号

  • 高津物語

    連載第一〇四六回「高津物語22年」

    高津物語

    5月18日号

高津区版のコラム一覧へ

バックナンバー最新号:2018年5月25日号

お問い合わせ

外部リンク