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連載第一〇八二回「日本河川協会」 高津物語

掲載号:2019年2月8日号

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 連載一〇六六回「多摩川砂利採掘」で秋元喜四郎のことを書いた。これは「大正八年(一九一九)六月から内務省が、多摩川河口から久地まで「多摩川右岸改修工事」を行い、小向に多摩川土堤改良工事事務所を設け、翌大正九年度から工事に着手した」(『川崎市表』)。

 しかし、幸区御幸村の水害は酷く、瞬時に濁流に没した橘樹郡会議員秋元喜四郎も濁流にのまれ、丸太に引っ掛かって命拾いした。「多摩川築堤運動」から十数年を経、単身の抗議では進展を見ず「大挙して県庁に迫り、初志貫徹を計る止む無し」を決意した。大正三年九月十六日午前二時、五百名が上平間八幡神社に集合、全員「アミガサ(チョンボリ笠)を被り、神奈川県庁を目指した。あと、上丸子から上平間に至る無堤防地帯に新堤防築造実現の為、橘樹郡長を会長に「多摩川築堤」運動は定着。上平間天神台から、上丸子日枝神社までの郡道を盛土高くし「代用堤防」として認めさせる為、大正五年四月、三百人が出て道路工事を始めた。国がやらぬなら神奈川県独自で、道路嵩上げによる代用堤防案が浮上、東京側から激しい反対運動が起り工事現場に反対派が押し掛けた。御幸村他住民は、郡道期成同盟会をつくり、大正五年十月、ついに新堤防は完成した。大正五年十二月玉川小学校で完成祝賀会が開かれ、この堤防を有吉知事に感謝して「有吉堤」と名付けられた。二年後、国直轄の改修工事が開始され、昭和九年に全完成となった。

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