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古沢 「戦争の爪痕知って」 探照灯基地跡に石碑

社会

掲載号:2021年8月13日号

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基地のあった場所から少し離れた所に建つ石碑
基地のあった場所から少し離れた所に建つ石碑

 世田谷通り「古沢交差点」を五月台駅方面に進むと右側の斜面に見えてくる小さな石碑。「平和の碑 探照灯基地跡」と刻まれている。

 この石碑は、第二次世界大戦で、古沢交差点の角の丘の上に「探照灯基地」があったことを後世に残すために、1991年6月に地元の有志によって建てられたものだ。石碑の裏には「世界第二次大戦により古沢288番地海抜70m地点に探照灯が据えつけられ昭和19年9月20日から昭和20年8月17日まで使用された」と記されている。

 探照灯とは、今でいうサーチライトのこと。戦争末期に内地防空のために「高射第1師団」を編成。世田谷に本部を置く「高射砲第112連隊」の大隊が今の宮前区周辺に配備された記録が残っている。古沢の基地もそのひとつだった可能性があると言われている。

五力田に焼夷弾

 当時を知り、建立に関わった地元の人の話では「終戦間近には毎晩のようにB29の編隊が空を埋め尽くし、探照灯が照らしていた。最初は高度があったけど、次第に下がってきてね。飛行機の大きさに驚いた」。ある時、B29が投下した焼夷弾が五力田の民家に落ち、大火事になったことがあった。「近所の家にいたけど真っ赤に燃えて怖かった」と当時の心境を語る。片平小学校の裏に焼夷弾が落ちたことも。不発弾だったため、学校にいた兵隊がそれを切って、中の油を見せてくれたこともあったという。

 戦後、軍が撤収した後に基地に行くと、兵隊が寝泊まりしていたであろう穴がいくつもあり、そこでよく遊んだ思い出が残る。「ここに基地があったことを知っている人は減ってきている。悲惨な戦争の爪痕が身近な所にも残っていることを少しでも知ってもらえたら」と話している。

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