麻生区版 掲載号:2021年10月22日号 エリアトップへ

柿生文化を読む シリーズ「鶴見川流域の中世」県下最古の板碑〜寛元二年銘板碑等と御家人鴨志田氏について〜【3】文:中西望介(戦国史研究会会員・都筑橘樹研究会員)

掲載号:2021年10月22日号

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(左)寛元二年銘板碑拓本(右)建長七年銘板碑拓本
(左)寛元二年銘板碑拓本(右)建長七年銘板碑拓本

 集合墓地に近い甲神社の丘に立って見ると、谷本川が岡上町の東側を回り込んで真光寺川・麻生川などの支流を集めて、さらに左岸から真福寺川は王禅寺の谷から湧き出る小川を集めて水車橋で合流し、寺家橋付近では右岸の寺家・鴨志田の小流が合流している。そのような川の働きによって上麻生から鴨志田にかけて小さな沖積低地が形成されて、早野子の神古墳・寺家古墳などの古墳群や多数の横穴墓群が造営されるなど、早くから開発が進んだ地域である。寛元二年銘板碑はこの小さな沖積低地を望む台地の字念仏堂に所在する。周囲の地形は開発によって変貌しているが、今でも「こどもの国」の東側の谷を水源とする小流は約1・5Kmにわたって寺家の谷戸田を潤している。これらが鴨志田郷の基礎となる景観であろう。

 さて、もう一つ謎がある。これほど大きな板碑が江戸時代後期に編纂された『新編武蔵風土記稿』に記載されていない事は不思議であった。考古学研究者の坂本彰氏は1930年代には板碑は立っておらず碑面を下向きにして雑木林の中に横たわっていたことを突き止めて、『新編武蔵風土記稿』に記載されなかったのは、板碑が横転していた故であろうとしている。

 板碑をただの石と思わずに注意深く観察して文献と突き合わせてみると、思いがけない事実が解ってくる。(つづく)

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