相模原市が横浜、川崎に次いで県内3番目となる政令指定都市に2010年に移行して、4月1日で丸10年を迎えた。「人や企業に選ばれる都市づくり」を掲げ、都市基盤の整備や産業の誘致、福祉、教育、医療の面などで、市民サービスの向上に取り組んできた。この10年でどんな発展を歩んだのか、本紙の記事と共に振り返る。
10年の大きなニュースといえば、初代はやぶさの帰還(写真【1】)。JAXA相模原キャンパス発の小惑星探査機「はやぶさ」が約7年ぶりに地球に到着したことで、地元は大いに盛り上がった。同年9月には緑区に大型ショッピングモール「アリオ橋本」が誕生。来館者は開店3日間で26万5千人にのぼり、地元経済の大きな柱として期待された。
11年には東日本大震災が発生。中央区中央では震度5弱を観測し、帰宅困難者も続出。震災1週間後の市立体育館には、市の友好都市である岩手県大船渡市へ送る支援物資が数多く集まった。
12年、JR東海が東京―大阪間を結ぶリニア中央新幹線の走行ルートを発表。中間駅のひとつが橋本に設置されることがわかり、地価上昇や賑わい創出が期待されている(東京―名古屋間は27年開業予定)。14年、念願となる相模総合補給廠の一部(約17 ha)が返還。返還自体は08年に決まっていたが、米軍住宅の移設などが完了したこの年に実施された。
15年、原晋監督率いる青山学院大学が第91回箱根駅伝(東京箱根間往復大学駅伝競走)で初優勝。青学はその後4連覇、19年は東海大に惜敗したものの、今年はVに返り咲いた(写真【2】)。15年3月末には、首都圏中央連絡自動車道(圏央道)の相模原インターチェンジ(IC)が緑区小倉に開通。高尾山IC(八王子市)と相模原愛川ICの中間地点で、より圏央道へのアクセスがしやすくなり、物流の活性が見込まれている。
16年、日本中を震撼させたのが、緑区千木良の津久井やまゆり園で起きた元職員・植松聖死刑囚による殺傷事件。入所する知的障害者19人が命を奪われたことを受け、「共生社会」の実現に向けた取り組みが日本各地に広がった。
19年4月の市長選では、前衆議院議員で新人の本村賢太郎氏が現職などを破り初当選(写真【3】)。同年9月には市内唯一の百貨店、伊勢丹相模原店(南区相模大野)が惜しまれながら29年の歴史に幕を閉じた。
今年に入り、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るう中、国際自転車ロードレース「ツアー・オブ・ジャパン」に、21年大会から「(仮称)相模原ステージ」が加わるという明るい一報も飛び込んだ(写真【4】)。東京五輪で使用する緑区のロードレースコースへの大会誘致が叶った形で、同大会のためにも新型コロナの早期終息が望まれている。
「共にささえあい 生きる社会」相模原市は、全ての人が共に支えあって生きる共生社会の実現を目指しています。 https://www.city.sagamihara.kanagawa.jp/kosodate/fukushi/1026641/1012901.html |
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