秦野 社会
公開日:2026.03.13
東日本大震災から15年
市内でも道路陥没、けが人
3月11日、東日本大震災から15年が経過した。2011年の同日午後2時46分に発生した地震は、国内観測史上最大規模のマグニチュード9・0。宮城県北部では最大震度7、未曽有の大津波も襲った。死者1万5000人超、住宅などの建物被害も一部損壊から全壊まで甚大な被害となった。東日本大震災の影響は秦野市にも及び、本紙でも当時の様子を伝えている。
地震発生後に発行したタウンニュース秦野版2011年3月17日号では、こう伝えていた。
* * *
カタカタと小さな横揺れから始まった。その後、立っていられないほどの激しい揺れが襲う。
「ついに関東に大地震がきたか!」
物は落ち、ガラス窓がきしんだ。2分、3分と続く。やがて「バチッ」との音とともに電気が落ちた。パソコン、電話は全く機能しない。情報の頼りはラジオと携帯のワンセグだった。
「東北地方で震度7」
* * *
「市内の震度は4の発表だが、多くの市民が過去に経験したことのない激しい揺れだった」とも記している。
トップ記事の見出しは、「鶴巻で道路が陥没 市内でケガ人2人」。地震の影響を伝える記事には、翌12日に鶴巻北地区で撮影した集合住宅駐車場で路面が陥没・隆起した様子、多くの人が足止めされた秦野駅、信号が止まったことで駅近くの交差点で交通誘導する警察官の姿が写真として添えられていた。
全世帯の25%が停電鶴巻地区の被害大きく
当時の記事によると、秦野市内では全世帯の約25%にあたる1万6700世帯が停電した。秦野駅北口前の交差点など、市内各所で信号が滅灯。交通量が多いところは、警察官が交通整理した。
市内で被害が目立ったのは鶴巻地区。「おおね公園では駐車場や入口道路などに複数の亀裂が走り、テニスコートがひび割れた」と伝え、その後公園内のすべての施設が閉鎖となってしまった。
鶴巻地区の一部では、ガス漏れも発生。約380世帯のガス供給が一時停止に。水道管の破裂・損傷による断水が起こり、給水車が出動して住民に水が配られた。
人的被害は、90歳女性が揺れに驚いて転倒し骨折で病院へ。また80歳女性も余震で転倒し入院するなど、けが人が出た。
地震発生後から小田急線が運転見合わせ。秦野駅前のグランドホテル神奈中には、帰宅を諦めた人から予約が殺到。また市は帰宅困難者に対し、弘法の里湯や本町公民館などを避難施設として開放し、286人が一夜を過ごした。小田急線は深夜0時に復旧。一方、道路は東名高速が閉鎖された影響で国道246号などが深夜まで渋滞した。
続く3月24日号では、東日本大震災に伴う計画停電が秦野市内でも開始されたことを掲載。渋沢地区周辺は3月16日午後6時40分頃、電力供給がストップして一帯は暗闇に、と伝えた。
未曽有の大災害に見舞われた2011年3月。地震直後の本紙3月17日号に掲載したコラムでは、「悲しみを教訓に」とまとめている。
秦野市 過去を経てシステム導入
有事の際、まちは刻一刻と変化していく。そんな状況に対応すべく、秦野市は独自の「総合防災情報システム」を2022年に導入。「災害があった時、情報を集約して見える化していく」とその目的を市防災課は言い、市ホームページから誰でもアクセスできる。
総合防災情報システムのウェブサイトでは、避難所マップやハザードマップを掲載するほか、災害時には避難発令や避難所開設の状況、通行止めを含めた道路状況、土砂崩れや冠水の情報などを公開する。
「大規模災害時、市が一人一人に避難指示は出せない。だからこそ、ウェブサイトから情報を取り、判断してほしい。その判断の材料を整えていきたい」(市防災課)
各所で塗り替えられる状況に合わせ、サイトをリアルタイムに更新できる背景には、市職員らによる情報収集がある。例えば避難所開設なら、23カ所に職員約180人を配置して受け入れ数などを把握。現場で得た情報は、スマホなどから総合防災情報システムへ送られ、随時更新。いわば”巨大チャットルーム”のようなイメージで、市も経過が把握しやすい。
来年度から、このシステムを生かし避難所運営をデジタル化。これまで避難者は受付シートに記入していたが、今後はマイナンバーカードや2次元コードで受付。避難者数の自動集計、誰がどこへ避難したかを把握できるようにしたい考えだ。
ピックアップ
意見広告・議会報告
秦野 ローカルニュースの新着記事
コラム
求人特集
- LINE・メール版 タウンニュース読者限定
毎月計30名様に
Amazonギフトカード
プレゼント! -

あなたの街の話題のニュースや
お得な情報などを、LINEやメールで
無料でお届けします。
通知で見逃しも防げて便利です!














