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大和 コラム

公開日:2021.10.29

徒然想 連載284
花のお寺 常泉寺 住職・青蔭文雄

 この季節の日暮れは日毎に早くなる。この様子を釣瓶(つるべ※)が井戸の中に素早く落ちるようだと例えて、「秋の日はつるべ落とし」と呼びます。



 11月は、後学畏(おそ)るべしといいて、学生(がくしょう)はかならずしも、先達なればということはなきなり、です。



 出典は、鎌倉、法然(ほうねん)『法然上人(しょうにん)行状絵図(ぎょうじょうえず)』です。



 意は「後輩の学者はあなどってはならない」という格言があるほどで、仏教を学ぶ者は必ずしも先輩だから優れているということはない、ということです。



 この行状絵図の第五巻の冒頭に「学問ははじめてみたつるは、きわめて大事なり、師の説を伝聞はやすきなり」とあります。先生の説を覚えてるのは容易い事かも知れませんが、これは単なる知識です。それよりも大事で大切なのは「はじめてみたつる」こと、つまり、独創的見解だと教えています。



 このことは、仏教の学問ばかりではありません。単なる知識として勉強するのと、はっきりとした問題意識をもって学ぶことでは大きな差がでてきます。そうした事になれば、先輩も後輩もなくなると、師は強く喩しているのです。



桃蹊庵主 合掌



※釣瓶とは、水を汲むために竿(さお)や縄の先につけて井戸の中におろす桶のこと。

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