海老名版 掲載号:2018年1月1日号
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愛される秘訣は”基本に忠実” 50周年・国分寺そば

「くつろげる空間を」とこだわり抜いた店舗と、現店主の雅史さん
「くつろげる空間を」とこだわり抜いた店舗と、現店主の雅史さん
 このコーナーでは、長きにわたり活動を続け周年を迎えた市内企業を取り上げ、これまでの歩み・思いなど話を聞く。第3回目は50周年を迎えた、国分南の老舗そば屋「国分寺そば」を紹介する。

 風味豊かな”そば”のおいしさはもちろん、趣のある店構えと温かく丁寧な接客が人気の『国分寺そば』(市川雅史店主)。多い時で日に500人が来店する同店は、昨年創業半世紀を迎えた老舗だ。

 創業者は現店主・雅史さんの父である市川豊さん。蚕の先生として海老名近辺の農家を見てまわるうちに、小麦などを生産する農家の人から頼まれ乾麺作りを始めるように。これがきっかけとなり、1956年には結婚と同時に「市川製麺所」を設立し、乾麺を作っては販売店などに卸すようになった。やがて、乾麺から生麺を求める時代になると、その波に乗り67年には”生麺”を扱う立ち食いそば屋を当時の海老名駅前に開業。史跡相模国分寺跡が近くにあったことから、その名をとって店名を「国分寺そば」に。その後海老名駅が移転したため、73年に現在の地に店舗を移し、出前を中心とした営業形態に転換した。人の面倒を見ることが好きで優しい人柄だった豊さんは、出前に行った先でもお年寄りの話し相手になったり、子どもを車に乗せてあげたり周囲を和ませていたという。

”おいしかった”聞きたくて

 豊さんの後を継いで2代目店主となったのが、当時20歳だった雅史さん。その頃は調理師免許を取得したばかりで家業を手伝ったことはなく、そば作りに関しては一からのスタートだった。各地のそば屋を巡り歩いては自分で味を確かめたり、店員に話を聞いてイロハから学んでいった。

 学生の頃から来店客と対話できる店舗スタイルに憧れていたため、84年に店舗を現在の形に改築。その5年後にはそれまでメイン事業として展開していた出前を完全にやめ、店舗のみに集中することを決意した。しかし、その影響で当初は売り上げが4分の1まで激減したという。この状況を打開するために実施したのが、1日限定の「もりそば1枚百円企画」。当日は店から離れた十字路まで並ぶほどの盛況ぶりで、これにより認知度が高まりリピーターになる人が続出した。

 今後も創業以来のモットーである「お客様に”おいしかった”と喜んでもらうこと」を胸に刻み、日々実直に、基本を大切にしながらそばを提供し続けていく。

移転前の海老名駅近くにあった最初の店舗
移転前の海老名駅近くにあった最初の店舗
初代・豊さん
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