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横須賀・三浦 人物風土記

公開日:2015.11.13

原発事故後の福島の現状を報告する講演会でスピーカーを務めた
矢納 直彦さん
大矢部出身 68歳

福島を「他山の石」に



 ○…「東日本大震災」とそれに伴う原発事故から4年半。故郷の横須賀に戻ると、その記憶はすっかり風化してしまっていることに気づかされる。日々更新される膨大なニュースに追いやられ、多くの人の関心が薄れていく。原発再稼働も全国で順次、進んでいきそうな気配だ。だからこそ福島で暮らす住民のひとりとして、「今」を伝える必要性を切に感じている。「避難住民は、原発立地の現実に否応なく向き合わされている。原子力空母の危険と隣り合わせの横須賀。地域の課題を直視しなくては」。100人の聴取を集めた講演会で、熱っぽくそう伝えた。



 ○…原発から50キロ圏内の川俣町は居住制限区域の網の外。傍目には日常が戻ったかのように見えるが、補償をめぐって住民間に亀裂が生じているという。「もらった人と、もらえなかった人。通りを挟んでこうした事態が起きている」。コミュニティの分断が街づくりに大きなブレーキをかけている。



 ○…元小学校教員。現役時代は組合活動や労働運動に明け暮れた。「自然の変化や風の匂いとは無縁の生活。しがらみもたくさん抱えた」。新しい自分の居場所や役割をつくりたいという思いに駆られ、人生のリセットを決断。定年を機に、田舎暮らしの支援制度のあった川俣町に移り住んだ。現在は、廃校となった小学校を利用した美術館でボランティア管理人を務めている。市民の憩いの場にもなっており、図書館機能の追加を構想。行政に掛け合うつもりだ。



 ○…放射能被害を避けために(川俣町)を離れる選択肢もあったはず、と問いかけてみる。その答えとして、カミュの小説「ペスト」を挙げた。ペスト菌が蔓延する町の中で、ひとりの医師が逃げ出さずに仕事を全うしようとする物語。自身も不条理な原発事故で日常を解体され、怒りに震えた。だからこそ「何があってもここを動かない」。自分の哲学を実践していく。

 

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