横須賀・三浦 コラム
公開日:2025.11.21
三郎助を追う 〜もうひとりのラストサムライ〜
第21回 文・写真 藤野浩章
「副奉行は、スパイの仕事もしているのか」(第一章)
◇
三郎助の華々しい外交デビューは、本書で実にスリリングに、細かく描かれている。英語とオランダ語を駆使し、身振り手振りを交えた史上初の本格的な日米交渉。その様子は、目撃者も多いだけに詳細を記した史料が多く残っている。その過程は本書や関連書でじっくり堪能することとして、ここでは、あまり描かれない周辺の出来事を見ていくことにする。
黒船来航の情報は瞬(またた)く間に各地に伝わったが、恐怖でパニックになったどころか、その姿を一目見ようと浦賀に人が殺到したという。そして人々はそれぞれに情報収集をして、各地に伝えていった。驚くべき事に、米側の発言の詳細に至るまで、様々な階層の人がよく知っていたのだ。
しかも、交渉が進むにつれてニセ奉行と副奉行、さらにニセ老中まで登場するという展開は、おそらく庶民の興味をそそっただろう。ペリーの肖像が様々な形相で多数描かれていることからも、そんな日米の交わりは武士にも庶民にも、真偽はともかく多様な情報をもたらしたのだ。
そんな中で、騒動のド真ん中にいた三郎助は軍事の専門家という職分を隠すことなく、黒船を詳細に見分していく。冒頭のセリフは、船に興味津々の様子を米の兵士に疑われた時のものだ。
しかし後に黒船を彼が操船する機会を得るなど、異色の交流となる。もしこの役目が三郎助以外の役人で杓子定規(しゃくしじょうぎ)の対応をしていたら、まったく違った結果を生んでいたかもしれない。交渉の傍らで彼は、洋式軍艦の建造を夢見ていたのだ。
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