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横須賀・三浦 文化

公開日:2026.02.20

満昌寺・三浦義明坐像
180年ぶり修復終え、帰還

  • 美術院職員が坐像を元の場所へ慎重に移した

    美術院職員が坐像を元の場所へ慎重に移した

  • 安置された坐像

    安置された坐像

  • 坐像に備えついている笏や太刀。右は今回の修復で生じた破片

    坐像に備えついている笏や太刀。右は今回の修復で生じた破片

  • 今回の修復作業開始時に坐像内部から見つかった、約180年前の修復歴を記した木札

    今回の修復作業開始時に坐像内部から見つかった、約180年前の修復歴を記した木札

  • 修復作業が終わり、美術院が新たに製作した木札

    修復作業が終わり、美術院が新たに製作した木札

  • 宝物殿に運搬される様子を見守る関係者ら

    宝物殿に運搬される様子を見守る関係者ら

 三浦一族の中興の祖として知られる三浦大介義明。その姿を今に伝える国指定重要文化財「木造三浦義明坐像」が修復作業を終え、2月12日、所蔵している横須賀市大矢部の満昌寺(永井宗寛住職)に帰還した。約9カ月ぶりに同寺の宝物殿に安置された姿に、立ち会った約20人の関係者からは安堵と感嘆の声が漏れた。

 三浦義明は平安時代後期から三浦半島を治めた三浦一族の当主。1180年、源頼朝の平家追討の旗揚げにいち早く呼応。衣笠の地で壮絶な最期を遂げたが、鎌倉幕府の成立にも大きく貢献した。同寺は義明追福のため創建され、以降、坐像も共に歩んできた。

 700年超保存されてきた坐像だが、近年は木材の継ぎ目に亀裂が生じたり、接合部の鉄釘が腐食したりと、損傷が進んでいた。修復は古文化財の保存修理を専門とする(公財)美術院が担当。昨年5月末に、頭部や胴体などに解体・搬出され、京都府で作業が進められていた。

 約180年ぶりとなった今回の修復では、錆が進んでいた接合用の釘を鉄から銅へ変更。底面の継ぎ目の隙間には尾州檜を差し入れて補強を施した。また、台座はほぼ全て解体し、埋木や真鍮釘による接合で強度を高めるなどの修復がなされた。

一族の子孫も立ち会い

 搬入には、三浦一族の血筋を引き継ぐ30人ほどで構成される「三浦一族会」の会員も数人立ち会った。同会の矢ヶ崎理さん(59・鎌倉市在住)は「まずは無事に帰ってきてくれたことにほっとしている。少なくともこの先200年くらいは、『三浦義明はこんな顔だったんだ』と子孫に伝えていくことができる」と喜びを語った。永井住職は「これまで以上に後世に残していく使命感が強まった。これを機に皆様にもお参りいただければ」と話している。

 坐像は、2月21日(土)から同月23日(月)まで一般公開される。拝観料500円。詳細は同寺【電話】046・836・2317。

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