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三浦の散歩道 〈第109回〉 みうら観光ボランティアガイド協会

掲載号:2016年6月24日号

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初声市民センターのレリーフ
初声市民センターのレリーフ

 若宮神社の境内には、芭蕉の句碑のほかに「太子講碑」もあります。岩の台座の上に、大きな文字で「聖徳皇太子」と陰刻された石碑があります。裏面に、千三百年記念、大正十年九月建之とあり、「初声村太子講中」として、二十名の名が刻まれています。

 聖徳太子は飛鳥時代の574年〜622年に生存した政治家で、用明天皇の第二皇子でもあります。推古天皇の摂政として、いろいろの政治を整備した人物でもあります。中でも、仏教に深い理解を示し、法隆寺や広隆寺を建立したと伝えられています。そのためか、大工やとび職の人々など職人からの信任を得て、太子の忌日に当たる二月二十二日に講中を開き、太子を守護神として十二月二十二日に祭祀を行う他に、五月や九月の十七日などに行っていたようです。道路傍にも石碑が祀られている例もあります。

 お宮を出て、国道へ向う右側、一番川の脇に「初声支所兼市民センター」があります。その道側の上方に白い壁が見られ、二本柱の帆船が浮き彫りされています。なにげなく通り過ぎてしまう道ですが、一度、立ち止まって上を見上げてみて下さい。すばらしいレリーフです。下の道沿いに「レリーフ壁の説明」板があります。それによりますと、「明治十四(1881)九月、あらしのため三戸沖で遭難したイギリス船、ウエリントン号の乗組員を三戸の人々は命がけで助けました。その象徴として、その時代の船をあらわしてみました。郷土に生きる博愛の心は全世界のものです。」と記されています。

 そのことについて、平成十一年二月十三日に「初声ガイド入門講座」として、松輪在住の高梨健児氏が「英国商船ウエリントン号難破と三戸村民の救助」と題されて講話されています。

 それによりますと、遭難日は九月十四日の早暁で、乗組員は船長を含めて十一名、貨物は七二〇トンの石炭であって、横浜港を目指していたということです。船は三本マストのバーグ型帆船で船長四三・九二m、船巾九・八八m、船深六mであったとのこと。

 船はマストの前方と、船尾の二半分に分かれた右舷側及び底は海岸に沿って大破してバラバラに散乱したということです。

 当時の村人は、約六m程の竿へ数尋(ひろ)の縄を付け、泳いで来る洋人の先きに出して取付けさせて引き揚げるなどをして救助したというのです。怪我(けが)をした人は上宮田村の鈴木玄降医師が手当をしたとのことです。その時通訳に当ったのは松輪在の出口彦三郎氏という水先案内をしていた人であると話をされています。

 なお当時の役人の報告書によると、「西洋人食料之義ハ自分所持ノ品物ヲ食シ一切村方へ依頼不仕候」と記されているとのことです。

ただ、実際の船は三本マストで、市民センターのレリーフとは、異なりますが、村をあげての救助活動は大きな博愛の心です。(つづく)
 

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