三浦版 掲載号:2020年8月28日号 エリアトップへ

連載 第65回「三浦古尋録その【4】」 三浦の咄(はなし)いろいろ みうら観光ボランティアガイド 田中健介

掲載号:2020年8月28日号

  • LINE
  • hatena

 『三浦古尋録』(文化九年/1812)の中に「三浦四名井」(註では七ともあり)として、次のように記しています。「吉井・長井・今井・筑井(津久井)・大井戸」と五箇所をあげています。あらためて五箇所の「井」について調べてみようと思います。

 先づは、「吉井」について『新編相模国風土記稿』(天保十三年/1842完成)の中に「西浦賀の分郷」として村北の字名(あざめい)で、かつては「吉井村」と記していたようです。「今、村民市郎左衛門が宅前(たくまえ)にある井、是(これ)なり」と記しています。

 また、この地近くに清水の湧き出る話も載っています。

 「吉井山ノ麓ニ高坂ト云処(いうところ)アリ、此処(ここ)の田ノ間ニ清水湧出(ゆうしゅつ)ス、弁天(べんてん)水ト云(い)フ」と記され、「ヒデリニテモ其(そ)ノ水絶(たえ)ル事ナシ、故(ゆえ)ニ里俗是(りぞくこれ)ヲ天女水ト云(いう)」とも書かれています。さらに「三浦古尋録解説」(昭和四十二年/1967発行)の中に著者加藤山寿が西浦賀高坂(こうさか)の一部で吉井へ越す一地域に移り住み、文筆生活に入ったと思われる。と述べ、この地を「花水」と言い、今に山寿の書いた「天女水」の碑が残っている。と記しています。

 次に「津久井」については「筑井」とも表記されています。『古尋録』が書かれた当時の「津久井村」は戸数百五十戸の村でした。

 『新編相模風土記稿』の中に、村の南に「字(あざ)井戸田」ありとあって、土地の人は「此の水を飲むを忌む」と記され、「由来は詳ならず」とも書かれています。

 津久井浜高校が創設された頃、駅から学校へ向かう道の右側は田圃が続いていて、その中に、水が湧き出る処なのか、周囲に石が置かれている場所があったように記憶しています。

 次の「長井」について調べてみると、「井戸」らしいものは見られません。「長井」については『三浦古尋録』には、「此処(ここ)漁村ナリ向(むかい)ノ峯(きし)(岸の意)ハ佐嶋村ニテ、中ニ林村ヲ夾(はさ)ム入江ナリ」と記されています。

 『長井のあゆみ』(長井小学校創立90周年記念誌)の「地名の由来」の項に「長は短の反対で長いの意味である。井は普通井戸の意味で水の集まるのをいうのであるが、また、部落あるいは村の意味にとることもある。長井の部落は海岸線が長く続いている。地名は、その土地のようすからであろう。」とあります。また、「長柄(ながえ)」から変わったのではないかとして、「ひしゃくの柄(え)のように、台地が海に突き出している地形からきたものである」とも記されています。また、「井尻(いじり)」という、長井の中の地名について、「長井の中心が「屋形」・「番屋」であるとすれば、「井尻』は、そのあと、うしろにあたる。」とも記されています。

 残る二つの井は、三浦市内の「井」です。    (つづく)
 

三浦版のコラム最新6

世界一の素敵親子をめざして

連載21

世界一の素敵親子をめざして

文・家庭教育支援チーム「はっぴー子育て応援団」

10月23日号

100まで元気!健康ワンポイントアドバイス

連載

100まで元気!健康ワンポイントアドバイス

三浦市社会福祉協議会 成田慎一

10月23日号

三浦の咄(はなし)いろいろ

連載 第69回「三浦の五木その【2】」

三浦の咄(はなし)いろいろ

みうら観光ボランティアガイド 田中健介

10月23日号

三浦の咄(はなし)いろいろ

連載 第68回「三浦の五木その【1】」

三浦の咄(はなし)いろいろ

みうら観光ボランティアガイド 田中健介

10月9日号

第12回 「アオツヅラフジ」の種の模様が

三浦半島 草花歳時記

第12回 「アオツヅラフジ」の種の模様が

文・写真 金子昇

10月9日号

100まで元気!健康ワンポイントアドバイス

連載

100まで元気!健康ワンポイントアドバイス

三浦市社会福祉協議会 成田慎一

9月25日号

あっとほーむデスク

  • 10月23日0:00更新

  • 10月9日0:00更新

  • 9月25日0:00更新

三浦版のあっとほーむデスク一覧へ

イベント一覧へ

最近よく読まれている記事

コラム一覧へ

三浦版のコラム一覧へ

バックナンバー最新号:2020年10月23日号

お問い合わせ

外部リンク