逗子・葉山版 掲載号:2018年11月2日号 エリアトップへ

味の素工場移転 創作秘話 ちょっと昔の逗子〈第8回〉 漁師の息子は漁師【2】

掲載号:2018年11月2日号

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 児童文学作家・野村昇司さんにご協力いただき、明治から昭和にかけての街の様子や市井の人々の生活を史実に基づいて蘇らせます。今回からは、味の素工場を漁師の青年の視点から描いた創作民話をご紹介します。

 味の素の製造実験の段階では昆布を材料にしていたが工業化にあたっては小麦粉を材料としてグルタミン酸を作り出す方法により味の素の製造を始めていた。

 原料の小麦粉を蚕白質と澱粉に分離する→蚕白質に濃塩酸を加えて加熱分解し、それを冷やすとグルタミン酸の塩酸塩が析出される→それを圧搾して瀘過液を取り除く濾過液を取りのぞいた塩酸塩を中和するとグルタミン酸になる→最後に重曹を加えてグルタミン酸溶液が出来上がる→これを脱色、濃縮してグルタミン酸ソーダの結晶つまり味の素を作り出すのである。この方法が味の素を精製する基本的な工程であった。

 大正の時代に入って、味の素の売れ行きは驚くほど増大し、逗子のような小規模工場では生産が間に合わなくなっていた。増産増産のために沢山の塩酸を使うことになる。

 たくさんの塩酸を使えば使うほど処理設備が不完全な工場設備のため大量の塩酸ガスの悪臭が発散し工場内の作業もままならないばかりか、工場周辺の住民からの苦情が絶えず、百姓からはまさかと思うが悪臭のため作物に被害を生じるとねじ込まれていた。

 これらの苦情に工場は賠償をしていたが塩酸ガスの悪臭だけが問題ではなかった。小麦粉からでる澱分の廃液についても地元からの苦情が絶えなかった。

野村昇司
 

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