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藤沢版 公開:2023年1月20日 エリアトップへ

自分の経験、誰かのために 元生活支援員辻菜菜海さん(24)

社会

公開:2023年1月20日

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インタビューに応じる辻さん。5人兄妹の長女で大学時代は写真部の部長を務めた(=12日、辻堂)
インタビューに応じる辻さん。5人兄妹の長女で大学時代は写真部の部長を務めた(=12日、辻堂)

 「自分の経験を誰かに役立ててもらいたい」。元々障害者施設で生活支援員として働いていた辻菜菜海さん(24)=鵠沼海岸=は2021年9月、がんと診断された。入退院を繰り返し、現在は緩和ケアを受けながら自宅で生活を送る。「なんで自分が」と苦悩にあえいだ。でも、前を向こうと決めた。「せっかく当事者になったのだから、支援者の人たちにリアルな思いを伝えたくて」。そう言ってほほ笑む。

がん闘病 支援者→当事者に

 「悪性腫瘍かもしれない。早急に入院が必要です」

 大学を卒業し、就職してから半年ほど経った一昨年9月、体調を崩して受診した医院で医師から説明を受けた。MRIの画像を見ると、右目の後ろに巨大な腫瘍ができている。鼻腔内横紋筋肉腫。後に判明する病名だった。

◇   ◆

 「これだったんだ」

 不思議と、ショックよりも腑に落ちた安堵感が勝った。会社の健康診断で首の腫れを指摘されて以降、激しい頭痛に襲われ、右目の視界にもやがかかり始めた。複数の医院に足を運んだが原因は分からず、同じ月の下旬には全く右目が見えなくなっていた。

 大学病院から国立がん研究センター中央病院(東京都中央区)に転院し、本格的な治療が始まった。「抗がん剤治療が始まれば髪の毛は抜けて、身体もしんどくなるんだろうな」。大学では福祉を学び、がん患者と対話する授業などを通じて治療に対する向き合い方も心得ていた。

 だが最初の入院は2カ月近くにも及び、一時退院するも翌年4月にはがんが再発。「どうして自分が」「職場で楽しく仕事ができていたのに」。死と隣り合わせの状況に心身は摩耗し、負の感情だけが募っていった。

◇   ◆

 入院生活の中で、前を向くきっかけになった出来事がある。ある時、同室でがん治療を受けていた中年女性が不安や恐怖から取り乱していると、病院の医療ソーシャルワーカー(MSW)が駆けつけ、女性にそっと語り掛けた。

 「大丈夫ですよ」

 次第に女性は落着きを取り戻し、会話ができるように。その様子を傍観していて衝撃を受けた。「初対面の人にこんな優しい『大丈夫』という言い方があるんだ」

 脳腫瘍が見つかったという女性は正直、大丈夫という状況とはほど遠い。それでも慈愛に満ちた言葉が女性を落ち着かせたことは、福祉の世界に従事していた自身を翻らせた。

 「自分は、ちゃんとできていたのかな」

◇   ◆

 大学卒業後は知的障害者の通所施設で介助や相談業務を担う生活支援員として勤務。要介助目線の介助を実践しているつもりだったが、当事者になり、それは不十分だったと気づかされた。

 例えば、大学で学んだ「当事者の環境を取り巻く支援が必要」という福祉の理念。自らが病気になり、家族や家計に負担をかけている実情を鑑みて「ある意味、家族や周囲の人も当事者に当たるんだ」。「家族支援」というものが真に必要なのだと、初めて気づかされた。同時に、自分がこれまでいかに周囲に支えられて成長できていたかも実感した。

◇   ◆

 昨年末、母校の田園調布学園大学で卒業生として講演会に登壇した。テーマは「当事者になって」。進路を選択する際の役に立てばと、病気になった経緯、入院生活、当事者になって感じたこと、全て包み隠さず話した。

 それに、学生たちは福祉を志す専門家の卵だ。社会に出たとき、当事者の目線に立った支援を実践してもらい、いつか自分のような当事者の人たちに還元してほしい―。そんな思いもあった。学生からは「支援者としての目標を改めて持つことができた」「貴重な経験をいただけた」など、感謝の声が寄せられたという。

 「今後も機会があったら自分の体験を伝えたい。病気のこと以外でも私の人生は結構、紆余曲折なので、『自伝を出したら』なんて勧める人もいるんですよ」。そう言っていたずらっぽく笑う。

◇   ◆

 国立がん研究センターによると、2019年に新たにがんと診断されたのは99万9075例。日本人が一生のうちにがんと診断される確率は2人に1人で、3人に1人ががんで亡くなるとされる。

 がんになってもなお、前を向く辻さん。病魔に命がおびやかされるとき、気持ちを切り替えるのに必要なこととは何か。

 「諦めることかな。もちろん、生きることは絶対諦めちゃいけないけど、『抗がん剤治療で髪が抜けたら』とか『お金はどうしよう』とかは気が滅入るし、考えても解決しない。仕方ないことは深く考えないこと。それと、治療に関する情報はなるべくたくさん収集すること」

 がんは、人生の視点を大きく変える。辻さん自身も例外ではなく、自らを回顧する中で、自分の考え方の窮屈さや、人生ではときに脇道に逸れる大切も身に染みた。何より貴重と感じた、当事者の目線。それを生かす今後の目標もある。

 「病気が治って復帰できたら、以前よりもっと良い支援ができると思うんです。当事者の目線で、相手の力になりたい」

 人は病気であっても生きる意義を見出せる。辻さんはそれを体現し、胸を張って生きている。

母校で講演する辻さん(左)。福祉の世界に進む多くの学生が傾聴した
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