平塚版 掲載号:2018年11月29日号
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プロ野球 9割が反対「それでも挑んだ」 古村徹さん 横浜DeNAと再契約

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自身のサインボールを手に笑顔の古村さん
自身のサインボールを手に笑顔の古村さん
 プロ野球の横浜DeNAベイスターズは26日、平塚市出身で2014年まで選手として同球団に所属していた古村徹さん(25)=富山GRNサンダーバーズ=の入団会見を横浜市内で開いた。1年契約で背番号は67に決定。一軍登板がなく、入団から3年で戦力外となった選手の球界復帰は極めて異例だ。本紙では22日に古村さんを取材、ここまでの道のりを聞いた。

 日本ハムが菅野智之投手(巨人)を強行指名し話題となった11年のドラフト会議。古村さんはDeNAから8位指名を受けた。無名の公立校に届いた吉報に周囲は沸いた。

 南原小時代に軟式野球を始めて以降、背番号はいつもエースナンバーの「1」。茅ヶ崎西浜高では140Km/hを投げる速球派の左腕で鳴らし、国内のみならず、イチローがプレーした米大リーグ・シアトルマリナーズも注目するほどだった。

 しかし、入団して間もなく肩を故障、翌年からは1軍の試合に出場できない育成選手に降格した。14年のシーズン終了後には戦力外通告。1軍登板なし、公式戦出場はファームでの1試合。プロ野球人生はわずか3年という短命に終わった。

 15年からは打撃投手としてチームに残った。練習で「打てる球を投げる」仕事をこなすかたわら「本当にこのままで納得できるのか」という自問自答の日々が始まった。

 選手の自主練に帯同したある日、ふと遠投をした。ウォーミングアップもせず放った一球は空に大きな弧を描いた。「100m以上。でも、それよりも驚いたことがあって」。戦力外通告の引き金となった肩の痛みがすっかりなくなっていた。

 3年間と決めた挑戦の舞台は独立リーグだった。たしかな収入が保証される世界ではなく、アルバイトをしながら競技を続ける毎日。桑原将志外野手(DeNA)ら同期が華やかな舞台で活躍する一方で汗を流したスキー場の雑用は「絶対見返す」という原動力になった。

速球磨きカムバック

 過去の栄光とプライドを脱ぎ捨てた古村さんは今年8月、150Km/hのストレートを手にした。「選手復帰を目指す時、9割の人は『無理』と反対しましたが、それでも挑んで良かった。家族や仲間の応援があってこそ」

 きわめてまれな返り咲きを果たした古村さんは、満員の横浜スタジアムで代名詞ともいえる速球に感謝の気持ちを乗せる。怪我や低迷からの復活を遂げた選手をたたえ、今年は松坂大輔投手(中日)に贈られた「カムバック賞」が密かな目標だ。

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