日本国憲法の制定過程から学ぶ 芦田修正と戦争放棄 〈寄稿〉文/小川光夫 No.83
この芦田小委員会で特に述べなければならないのは、7月29日の第4回の会議であろう。朝早くにやって来た政府委員の佐藤達夫に、芦田は27日の第3回の会議において「戦争の放棄」を「戦争の否認」にするかどうかについての意見が出て紛糾したことを述べた。芦田は、それに関連して、佐藤達夫に政府提出案第9条(当時は政府草案第8条)の一項の冒頭に進歩党が提案(もともとは社会党案)したものを挿入し、二項には新たに「前項の目的を達するため」という文言を挿入した案を述べた(俗にいう芦田修正)。委員会が始まると、芦田は会議の冒頭で「日本国民は、正義と秩序とを基調とする国際平和を誠実に希求し、陸海空軍その他の戦力を保持せず。国の交戦権を否認することを声明す」を第一項に置き「前項の目的を達成するため、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、他国との間の紛争の解決手段としては、永久にこれを放棄する」という案を提案した。
7月30日、第5回芦田小委員会では、鈴木義男議員より「交戦権を先に持ってきて、戦争放棄を後にしたことは、立法技術的にはどうか」と問質した。それに対して、国務大臣金森徳次郎は、これは非常にデリケートな問題である。第一項には「永久にこれを放棄する」という言葉を使用している。しかし第二項の方は永久という言葉は使っていない。将来国際連合等との関係から、第二項の戦力保持などと云うことについてはいろいろと考えるべき点が残っているのではないか、と述べた。
この芦田修正については、芦田は、1957年12月5日の内閣調査会で次のように述べている。「私は修正の字句はまことに明瞭を欠くものでありますが、含蓄をもってこの修正を提案いたしたのであります。【前項の目的を達成するため】という字句を挿入することによって原案は無条件に戦力を保有しないとあったものが一定の条件の下に武力を持たないということになります。日本は無条件に武力を捨てるのではないということは明白であります」と述べている。
とにかく、この日本での憲法草案の模様は、即刻、海を越えてワシントンの極東委員会に伝えられる。
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