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公開日:2026.01.22

長津田統制無線中継所跡
23番目の緑区遺産に
登録の陰に住民らの熱意

  • 1955年頃に撮影されたとみられる長津田統制無線中継所(提供写真)

  • 富士山山頂の富士無線中継所跡記念碑(提供写真)

  • 火の見半鐘の支柱として再利用されたアンテナ木柱。撤去当日の写真(提供写真)

  • 長津田辻自治会の岡部会長と説明パネル

 緑区内に残る貴重な資源を未来に残していくことを目的に区が認定する「緑区遺産」に「長津田統制無線中継所跡」(長津田町5724)が登録された。長津田辻自治会(岡部豊会長)は、同中継所跡の説明パネルを作成。昨年12月25日、長津田町の高尾原バス停前にパネルを設置した。緑区遺産として23番目となる今回の登録。その背景には「地域の歴史を次世代に伝えたい」という岡部会長らの強い思いがある。

 区によると、緑区遺産に登録されたのは昨年11月。ただ、12月25日に実施された説明パネル設置をもって公表の扱いとなった。

電波に思い乗せ

 長津田駅南口から神奈中バスに乗り、高尾原バス停で下車。現在の同バス停のそばには、かつて長津田統制無線中継所が存在していた。同自治会と区によると、1941年2月、東京〜博多を結ぶ無線電話幹線の整備計画が始まり、その後、この通信幹線を統制する端局として同中継所が開局した。この地は標高が高く見通しが良いことから、建設地として適していたという。

 当時、一つの電波に多くの話を乗せることができる革新的な技術だったという超短波多重通信が用いられ、これを受信するため、木柱3本をつないで高さ25mにしたアンテナ柱が設置された。

八丈回線と空襲警報

 太平洋戦争が激化していく中、同中継所は、国民に空襲の危機を伝えるための重要な役割を担うことになった。

 戦時中、マリアナ諸島を制圧した米軍は、同諸島を拠点に日本本土への長距離爆撃を開始。マリアナ諸島から発進して北上するB―29爆撃機は、必然的に八丈島付近を通過することになる。日本軍は、八丈島基地からの通信を受信するため、富士山山頂の無線中継所と長津田統制無線中継所を活用。八丈島―富士山―長津田を結んだ通信が行われた。この通信回線は「八丈回線」と呼ばれているという。

 八丈回線を通じて軍司令部に幾度となく伝えられた爆撃機襲来の情報は、空襲警報として連日のようにラジオから流されていたという。

安全守るため再利用

 長津田辻自治会によると、長津田統制無線中継所がその役目を終え、廃局となったのは1956年12月。同自治会はアンテナ木柱として使用されていた柱1本を引き継ぎ、火の見半鐘の支柱として再利用した。現在75歳の岡部会長は小学6年生くらいの頃、地域で火災が発生した際に支柱を上り「夢中で半鐘を叩いた記憶がある」という。

 半世紀以上にわたり地域の安全を見守り続けた木柱は2007年、老朽化などのために撤去され、現在も地域に残されている(非公開)。

地元に愛を

 「長津田を中継して伝えられた情報が、何万人もの命を救ったはず」。そう語る岡部会長は、長津田統制無線中継所について「こうした歴史は、いまや地域の一部の人にしか知られていないと思う。だからこそ、何とか次の世代にも伝えたい。その一心で緑区遺産への登録実現に向けた準備を進めてきた」と語る。地域住民の高齢化が進み、戦時中を知る人の数が減少の一途をたどる中「戦後80年の2025年が『ラストチャンス』だと思った」。

 岡部会長らは緑区遺産への登録を区に打診。説明パネル内の文面を事前に作成し、パネル設置の準備も進めた。「俺は地元を愛しちゃっているし、地域の歴史を残しておきたいという気持ちが強い。登録が実現してほっとしてるよ」と岡部会長。「市民が地域を愛してくれないと、より良い街にはならない。歴史を学ぶことで地域への愛につながる。歴史について考えるきっかけにしてほしい」と願っている。

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