タウン童話 『山田さんちのけやきの木』 絵・文 バタバタばーば(斎藤分町在住)
外は晴れて気持ちのいい日曜日。だというのに、今日は勉強。この頃なんだか宿題(しゅくだい)が多い気がするなぁ。ここしばらくこんなに机に座っていることがなかったので、柿の葉っぱが窓いっぱいになっていることにも気がつかなかった。まぶしい程の緑につい見とれていると、高い窓の外から誰かがこっちを見ているような気がした。じっと見ると誰の姿も見えず、爽(さわ)やかな風がふくばかりだ。でもやっぱり人の気配がする。
「いたいた、小さな男の子だ」目を上げるとパッと見えなくなってしまう。カーテンの影(かげ)に隠(かく)れているようだ。小さいといっても、人間のサイズではないぞ。僕の手のひらくらいだ。ちらっと見ただけで、良く分からなかったけれど白いひらひらのブラウスに金色の刺繍(ししゅう)がしてある赤いベストを着ている。
まるで西洋のお城に住んでいる人のようだ。目の錯覚(さっかく)に違いないと一度は無視してみたけれど、どうも錯覚なんかではなさそうだ。どう見てもくりくりと目の丸いかわいらしい男の子だ。こっちを見てニコニコ笑ってる。まるで友達が「早く外で遊ぼうよ」って言ってる目だ。
よし、どこに住んでいるのか突(つ)き止めてみよう。僕は急いで玄関(げんかん)から靴を持ってくると窓(まど)から飛び下りた。その子は、僕が何をしようとしているのか分かったのか、するすると窓辺(まどべ)を下りると、門の外をまるで蝶(ちょう)が葉っぱの上を舞うようにフワフワっと走っていく。 柿の木の下は草がいっぱい。見失いそうになったが、その子が走ったあとの草がサワサワと動くのでみつけることができた。なにせ背の高さときたら僕の靴ぐらいなんだから見失わないように追いかけるのは大変なことだ。
すると、山田さんの塀(へい)の角できょろきょろと当りを見回している。どっちに行こうか迷っているようだった。やっと追いついて様子を見ていると、迷っていたのではなくて、山田さんの庭にあるケヤキの大木の大きな穴を誰にも見られたくなくて周りを警戒(けいかい)していたんだ。
大きな穴のあるそのけやきは樹齢(じゅれい)300年で銘木(めいぼく)指定(してい)になっている木だ。庭いっぱいに枝を広げ、葉っぱをいっぱい付けて風にゆれていた。50年前にその木のてっぺんに雷(かみなり)が落ちて、太い木に大穴が開いてしまった。根が大きくはっているので、その穴はちょっと見ただけでは目立たないが、根元にぽっかりと大きな穴が開いているのは確かだ。
その子が飛び込むようにその穴に入ってしまった。僕はその後から入ろうとしたけれど身体が穴より大きくて中まで入れない。あの子は目の前でこっちを見て「こっちだよ」と言わぬばかりにニッコリと笑った。できるだけ身体を縮めて中をのぞいてみた。すっぽりとはまり込む程小さい穴の中は薄暗かった。
目をこらして良く見ると奥の方に階段(かいだん)が見えた。大理石(だいりせき)の階段はまるで宮殿(きゅうでん)のようだ。大きな足音を響(ひび)かせて下りて行く音が聴こえた。
「入ってみたいな、でも穴は小さいし僕は大きいし残念だな」とつぶやいていると、穴の入り口にある受付のようなカウンターから「どうぞお入りください」と女の人の声がした。
僕は「穴が小さくて入れないのです」と言った。すると今まで手をついていた草むらからその受付の女の人が「それはそうですよ、だってあなたはまだ受付の書類(しょるい)にお名前を書いてないでしょう、それからそこのジュースも飲んでないんですもの無理ですよ」と言って小さなノートのようなものを僕に渡した。僕は最近覚えたカネヒトという字を漢字で「鍛一」と書いた。
「はい、これで受付はすみました。そこのジュースを召し上がれ」と薄(うす)いピンク色のジュースを勧(すす)めてくれた。「それは我が国にお出でになったお客様には皆様に召し上がっていただいているものです。全部残さないで飲んでくださいね」と言った。
=つづく(不定期掲載)
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