麻生区版 掲載号:2012年3月23日号
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柿生郷土史料館タイアップ企画 柿生文化を読む 第19回 昔、柿生・岡上は山伏の修行の場であった【1】〜多摩丘陵で見られる修験者の足跡

 現代では山伏(やまぶし)、修験道(しゅげんどう)、修験者(しゅげんじゃ)などは、あまり聞きなれない言葉となってしまいました。

 最近の新聞に小田原市万福寺で行われた「火伏せ祭り」の光景が掲載されていました。ここに登場している白装束と兜巾(ときん)という魔よけの小さな帽子状のものを身に着けている人物が修験者、あるいは山伏と言われている人達です。日常はほら貝を吹いて山奥で修行をしている人達です。確か、「天狗」も同じ格好をしています。

 「火伏せ」は、火災除けや無病息災を祈願して火の上を素足で駆け抜ける修行のひとつです。実は昔、柿生・岡上でもこのような修験者がたくさん修行をしていたのではないかと言われているのです。それを物語るかのごとく、岡上には「山伏谷戸」という地名が残っています。

修験者・山伏の歴史と特徴

〈山岳信仰との関係〉

 かなり古い昔から人々は山には魔霊がひそみ、数々の災難をもたらすものと恐れていました。また一方では、山には天の神が降りて、里に恩恵をもたらすとも考えていました。したがってこれらの神々に対する恐れや尊敬の心が「山岳信仰」というかたちで人々の信仰の対象になりました。そして、険しい山に登り山中で修行することによって不思議な霊力を獲得できると信じられるようになりました。

 奈良時代に大和国(やまとのくに)葛城山(かつらぎさん)に住んで修行していた役小角(えんのおずぬ/別称・役行者)は、これらの不可思議な霊力をつけた最初の人物と言われています。『続日本紀(しょくにほんぎ/794年に完成した7世紀〜8世紀半ば頃までの歴史書)』には「役小角は大変呪術をよくするので699年に弟子の韓国連廣足(からくにのむらじひろたる)から讒言(ざんげん)(悪口を言われること・事実で無いことを言われること)され、伊豆の島に流された」という記述があります。

 この記述で気になるのは、役小角の弟子であった韓国連廣足は朝鮮半島の出身と思われ、朝鮮の巫堂(むだん)との関連もありそうです。巫堂は朝鮮半島にある原始宗教のひとつで韓国には民間信仰として古くから受け継がれてきました。もともと病気を治したり、災難に対する悪霊払い、先祖供養、五穀豊穣のための呪術などを行い、霊と交渉してお告げを受けたりもしました。日本には青森県恐山の「イタコ」等が有名ですが、巫堂は2〜3000年も前から存在していたと言われています。

※次回は続編として仏教や秋葉信仰、御嶽信仰との関係などについてお話します。
 

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