麻生区版 掲載号:2017年1月20日号 エリアトップへ

柿生郷土史料館タイアップ企画 柿生文化を読む 第93回 シリーズ「麻生の歴史を探る」北条氏関東支配(4)〜印判状

掲載号:2017年1月20日号

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 天正12年(1584)11月北条氏は麻生の王禅寺に3通の文書通達をしています。その一つは、小田原城主氏直が王禅寺に与えた安堵状で、「武州都筑郡麻生郷の内、王禅寺領主十貫文、先の証文通り相違ないので、寺の修理、勤行に励むよう」とした判物で、北条氏直の花押があり、もう一通は、同年同日王禅寺領に対し出されたもので、「陣夫役以外の諸役を免除し、竹林の伐採を禁止する」と命じたもので、これには「禄寿応穏」の方印、虎の印判が押されています。そしてもう一通は、王禅寺の支院である蓮乗院、東持院宛に、これも虎の印判状で「王禅寺山林の竹木は伐ってはいけない、伐りたい者は通告しなさい、小机城用達の時は印判状で申し付ける、違反の者は処罰する」と通告しており、小田原城が小机城のことを虎の印判状で直接差配しています。陣夫役とは兵役のことです。この虎の印判状は市内に多くあり、その一例をとると、天正15年(1587)8月、北条氏直が中原丸子郷の名主に出されたものには「上丸子郷四十二貫五百六十六文、そのうち三貫文は名主に永代御免、残三十九貫五百六十六文は御蔵納めしなさい(市史資料)」とあり、北条氏は虎の印判状によって寺社から百姓に至るまで直接に指示し支配していたことが分かります。

 この王禅寺文書等が示すように、北条氏は領内各郷村に貫高に応じて陣夫役を課していました。これを表すものには早野の隣の寺家(ふるさと村)の旧家大曽根家から発見された「北条家着到定書写」があります。着到状とは、本来は合戦に参加の場合武士が出す承認書ですが、北条氏の場合予め武装の内容を指示しており、この着到定書は天正9年(1581)7月に寺家・鴨志田領に27貫200文の軍備を命じたもので、宛先は「大曽根飛弾守江」となっています。27貫余の貫高は寺家鴨志田の主産高ではなく軍備費で、そこには騎馬の大曽根氏の他、槍や旗指物を持つ従卒3名、計4名の武器の内容が細かく指示されています。

【次回へ続く】

 参考文献:「戦国大名北条氏とその文書」「寺家の歴史」「ふるさと三輪」

 文:小島一也(遺稿)
 

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