麻生区版 掲載号:2018年5月25日号
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柿生郷土史料館タイアップ企画 柿生文化を読む 第124回 シリーズ「麻生の歴史を探る」民間信仰(7)お稲荷様〜稲荷信仰 後編

 【前編から続く】この稲荷信仰は屋敷稲荷を別にして、多くの稲荷と名付く社や旧跡を残しています。新編武蔵風土記稿は文化年間(1816)に編集された歴史書ですが、その頃、都筑郡下の村は63ヶ村、稲荷の名称は60余個所も記されており、麻生区内では、万福寺の笹子稲荷、栗木常念寺の稲荷2社、上麻生月読神社の境内稲荷、東林寺の白山明神稲荷、下麻生の稲荷八幡。王禅寺には寺の境内稲荷社と入口の稲荷森稲荷。早野には地頭林稲荷、岡上東光院には稲荷信仰の疱瘡神社、細山には大久保谷戸鎮守の稲荷社、三崎稲荷社があり、これ等の社はそれぞれ異なった霊験を持ち、五穀・養蚕の豊穣から疫病平癒、生業繁栄、家内安全と、寺社の境内に在っても固有の稲荷信仰によって建立されています。

 新編武蔵風土記稿以外の稲荷社を見てみると、岡上には宝殿稲荷、開戸稲荷の2社があり、これは一族(いっけ)勧請の稲荷神社で宝殿稲荷は海老沢、星野イッケ。開戸稲荷は横田イッケのもので、共に祭神は「稲倉魂命」で祠内に狐像を祀り、五穀豊穣、悪魔除け、家内安全の神としていました(今は岡上神社に合祀)。上麻生の大ヶ谷戸には6尺ほどの参道に二つの朱の鳥居を持つ「瘡守(かさもり)稲荷」が今も存在しています。これは月読神社に合祀された熊野神社(現柿生駅前)の境内に在った瘡守稲荷を信仰する鈴木一族が現地(長福院西)に移したもので、祠内には白磯の白虎が多数祀られ、腫物や火傷に土の団子を供えると治ると伝承され、今でも米の団子が供えられていることがあるそうです。

 王禅寺琴平神社の東隣に、通称つんぼ稲荷とも称する「金子稲荷」があることをご存知でしょうか。これは当初文久元年(1861)、地元の金子家が勧請した稲荷で、参詣すると無くし物、忘れ物が見つかると信仰され、信者は近郷近在に及び、毎年初午には「奉納 正一位金子稲荷大明神」の高さ7〜8m程の紅白の大幟が寄進され林立したものです。今は全くその幟は姿を消しており、祭主さんに聞くと、宅地化で長い旗竿の保管が困難で文久年間以来の幟旗は自宅で保存しており、今でもお詣りする信者があるそうです。

 広い羽田空港の飛行の障害とも思われるところに立つ朱の大鳥居、穴守稲荷には狐の穴があったそうです。それが空の安全を願うパイロットや乗客には信仰が厚いとされ、都市化した高層ビルの屋上に赤い姿のお稲荷様を見ることがありますが、これが稲荷信仰の特性で「ケツネ」は日本民族の中で今でも生きているようです。

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