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掲載号:2018年7月20日号

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 江戸時代、村の支配は、江戸住みの領主に代わって代官が行いましたが、仕事をするのは名主、年寄、百姓代で、これを村方三役と呼び、年貢の納入、村民の取り締まり、文書の管理、他村との交際等に当たり、当初これ等の人選は、北条氏以来の名家、資産家の中から幕府が任命していましたが、前項義民騒動、鷹狩御用、助郷など幕府の財政が衰えると、領主、村方役人の権威も行き詰っていきます。

 寛政四年(1792)、王禅寺村の百姓58名が、村方役人を相手取り農民運動を起こし、領主の増上寺に訴状を出しています(市史)。●村役人が勘定を専断すると負担が増すので減らしてほしい●年貢、諸費用の割り当てには百姓の代表を立ち会わせること●増上寺等への支出金は門割(戸)から石高割(所有地)に応じたものにすること●年貢を納める際の費用を門割から石高割にすること、などでした。

 諸費用を門割(個別割)から石高割(田畑収入割)に改めよ、というのは、土地を持たない農民が同じ負担をするのは不公平だとするもので、これに対し村役人は●門割の方法は昔からの仕来(しきたり)であること●負担の増は物価の高騰によるもので不正はない、と回答。訴状を受けた増上寺では、百姓側を徒党同様の門訴として厳しく叱責したうえで、村役人の行動は古くからの仕様(慣例)で不正はないが、以後の出金は石高割とし百姓の不満の無いようにすること、年貢の割り当て等には百姓の代表を立ち会わせるものとし、訴状を返却させています。このことは明らかに村方の勝利で、村の支配者に地殻変動が起き、騒動終了後、年寄2名が退任し、名主・年寄を訴えた百姓代表のうち1名が百姓代に、1名が年寄に就任し、村運営の民主化だったとも言えます。

 この村方騒動は王禅寺村だけではなく近郷農村にも起こりますが、岡上村では文化二年(1805)「車(くるま)連判状」という珍しい名の訴状を領主大久保矢久郎邸に門訴をしています。当時門訴はご法度で、代表者は犯罪者とされましたが、この連判状は輪状に50余名の署名があり、誰が代表者かわからないようにしたもので、村方役人も承知の上で、江戸の驕奢な生活が幕府旗本の財政窮乏を招き、村方に御用金等の負担を強いる非を、苦しい農民の立場から訴えたものでした。

【後編に続く】
 

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