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柿生文化を読む 第147回 シリーズ「麻生の歴史を探る」法塔様―武相お召講― 前編

掲載号:2019年4月12日号

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 柿生駅前商店街通り(旧津久井往還)に「麻生の法塔様」と呼ばれる大きな石塔があります(左写真)。これは日蓮宗の題目講中が寛政11年(1799)に建立したもので、正面には「南無妙法蓮華経 一天四海皆帰妙法」と刻まれ、右側面には「天下泰平 五穀成就」、左側面に「奉唱満玄題目一万部供養塔」と記されています。この塔は、お題目を一万部奉唱したので建てたとの碑文が池上本門寺38世日棟上人によって揮毫(きごう=毛筆で文字や絵をかくこと)され、台座には、「麻生村 片平村 能ヶ谷村 三輪村 金井村 奈良村 右六村講中」と建立者が記され、その台石には、六ヶ村内各家の先祖200余名の名が綿々と刻まれています。

 この六ヶ村題目講中とは、日蓮宗信徒の地縁・血縁による集まりで、後に「武相お召講」と呼ばれるようになります。宗祖日蓮上人は弘安5年(1282)江戸池上の地で入滅され、聖地の池上本門寺は日蓮宗大本山としてよく知られているところですが、その直接的信仰崇拝の対象は、「胎内に聖骨を蔵し、右手に母の遺髪を握り、払子(ほっす=法具)を持つ日蓮上人座像」(国重要文化財)で、この坐像のお召物は江戸時代、日蓮宗に帰依していた紀州徳川家が奉納していました。明治維新となって、藩主は江戸を去り、紀州家・本門寺から前記講中は坐像お召物調達の依頼を受けます。その理由は、東京に近いこと、古くからの講で活動していること、養蚕の盛んな土地柄であること、などでした。六ヶ村講中をはじめ信徒は「紀州様に代わっての奉納」は誇らしいことであり、武相お召講中を結成、お召物を本門寺に奉じたのは、明治2年のお会式が最初だったそうです。

 武相お召講と呼ぶのは、武蔵・相模にわたっての講であるからです。日蓮上人の坐像には、夏のお召物と冬のお召物があり、年2回のお召替えがあります。夏のお召物の奉納は前記麻生村を中心とする六ヶ村(約250家)で行います。一方、冬のお召物は町田・森野・鶴間・谷口・図師・木曽村など、現町田市南部から相模原市東北部の村十二ヶ村(約480家)の連合講中が担当し、毎年10月12日お会式の日に奉納されます。このお会式とは、日蓮上人入滅の前日の日の忌日法要で、新調されたお召物は、信徒数万読経の中で講から貫主に奉納され、坐像は冬の衣服をお召になります。夜は笛鉦・太鼓・まとい・美に飾られた万燈は、次々に境内に繰り出され、夜を徹しての行事となり今でも東京名物となっています。【後編に続く】

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