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特集 伝える 命を願う 一人ひとりの不妊治療

社会

公開:2021年5月27日

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 日本では、夫婦全体の約5・5組に1組が不妊の検査や治療を受けたことがある(または現在受けている)といわれています。政府は経済的な負担軽減を目的に、2004年度から一部の不妊治療への助成を始めていますが、さらに今年1月からその助成金額や内容を拡充しました。これを受け、本紙では、市内に暮らす2人の不妊治療経験者に話を聞きました。

「治療始めた理由 見失いそうに」

 「何のために治療を始めたのか、夫婦で何度も見失いそうになった4年間だった」。そう話すのは、市内の病院に勤める看護師の木下さん(仮名/38)だ。

 25歳のときに結婚。子どもはほしいと思っていたが、同じくらい仕事にはやりがいを感じていたので、「30までは仕事を頑張ろう。子どもはそれから」と思っていた。しかし、想定した時期になかなか授からなかったため、専門のクリニックを受診。検査の結果、夫婦共に問題が見られず「原因不明」という説明を受けた。

 「原因がわからないのなら、やるしかない」。主治医と話し合いながら治療法をステップアップさせていき、体外受精(卵子と精子を体外に取り出し受精させ、受精卵を子宮内に移植する方法)まで行き着いた。木下さんの場合、1回の体外受精のために4・5回は通院し、採卵・受精、移植などを行う。成熟した卵子を育てるために投薬や注射も欠かせない。

 採卵や移植の日が決まると、少しでも妊娠の確率を上げようと、卵子の質が良くなる食事法や着床しやすい生活習慣などを検索した。大して意味がないとはわかっていたし、早く寝た方が体にいいこともわかっている。しかし、不安な自分を落ち着かせるため、自然とスマホに手が伸びる。それでも2回、3回と治療がうまくいかないと、気持ちがみるみる落ちてくる。「周りはみんな自然にできているのに」「友人の出産報告を心から喜べない」。寛容になれない自分が嫌になった。

 採卵や移植など、体への負担も大きい。採卵前は1日2本、10日程自分で注射を打つ=写真【1】。職業柄慣れてはいるが、痛さには変わりない。治療の中で一度だけ、卵巣が腫れ腎臓に水が溜まってしまい、1週間仕事を休んだこともあった。金銭面の負担も少なくない。木下さんが通うクリニックの場合、1回の体外受精で100万円近くかかる。看護師の仕事は好きで続けているが、「給料がそのまま治療費になる感覚」だという。

 そんな中で、夫婦間にも歪が生まれた。「私ばっかり」「こんなに頑張っているのにどうして」という思いがあふれ、夫に一度「(そんなに辛いのなら)もうやめよう」と言われたことがあった。木下さんを気遣ったからこその言葉ではあったが、「なぜ不妊治療を始めたのか、夫婦間で見失ってしまった出来事」だった。その後も思いがずれそうになる度に話し合い、「2人の赤ちゃんに会いたい」という出発点をすり合わせながら一歩ずつ進んでいった。

5回の治療を経て

 5回の体外受精を経て33歳で第一子を授かったときは、「あまりに失敗が続いていたので、どこか信じられない」自分がいた。触っただけで折れてしまいそうな赤子を前に、「自分たちに次ができる保証はない。だから絶対にこの子を死なせてはならない」と必死に育ててきた。そのとき生まれた子は現在4歳。手が離れることが増え、「最近やっと可愛いと思える余裕が出てきた。もし簡単に授かっていたら、ここまで大事に思わなかったかもしれない」と言葉を詰まらせた=写真【2】。

加齢の壁

 「2人目」の治療を再開したのは3年前の35歳のとき。また長い道のりになるかもしれないと覚悟し、数年ぶりに同じクリニックを訪れると、患者が増えたと感じた。待合室のイスに座れないほどだった。

 加齢による壁も感じるようになった。「成績」が以前より悪くなったからだ。一般的に、採卵後、採れた卵子の状態やグレードについて医師から説明がある。先日は、診察で11個見えていたのに、採卵できたのは7個、受精できたのは6個。凍結までできたのは3個だった。「1個でも残ってたらまだいい。この間は最終的に0個だった。体調不良や注射に耐え、薬だって高い。それで0個だと虚無感しか感じない」。

 命を扱い、女性が多い職場だからこそ、治療のことはオープンにしている。しかし先日、同僚から「一人いるんだから、もう(治療しなくても)いいんじゃない」と言われたことが心に引っかかる。「第一子がいるから、は止める理由にはならない。潮時は、夫婦がお互い納得するタイミングで決める。そうしないと、絶対に後悔が残ると思うから」

「根性論とは別次元」

 26歳という早い年齢から治療を始めた女性もいる。市内在住の遠藤さん(仮名/28)だ。遠藤さんも元々看護師だが、「赤ちゃんのことは専門外。全然わからない」と苦笑する。ただ、生理期間の短さから「自分は自然妊娠できるのだろうか」と学生時代から漠然と思っていたという。結婚後、2018年に訪れた近所の婦人科では生理期間の短さは関係ないと言われたが、後に行った別の専門クリニックでは「排卵に何らかの障害がある」と説明された。寝耳に水だったが、すぐに人工授精(排卵日に注入器で精子を子宮の中に送る方法)に移った。

 しかし、5回行っても結果は出ない。「努力すればできるという根性論とはまったく違う次元」だった。配偶者に申し訳ないという感情に苛まれ、鬱のような精神状態が続き、気持ちが激しく沈んだ。その後、ステップアップした体外受精の1回目で男の子を授かることができたが、「もし授からず治療が続いていたらと思うと怖くなる」と振り返る。

 診察には毎回、主治医からの説明を書き留めるノートを持って行った=写真【3】。今日どんな治療を行い、体にどんな変化が起きるのか。自分が忘れないためでもあるが、体を心配してくれる夫とのコミュニケーションツールとして使った。

 今年1月に生まれた息子は、現在5カ月。「勉強ができてほしいとか、偉くなってほしいとか、まったく思わない。ただ生きていてくれるだけで十分」。遠藤さんは、夫婦で願った「かけがえのない命」の尊さを、日々噛み締めている。
 

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