多摩 教育
公開日:2026.08.27
「答えの在処」-保育が教えてくれること- 取材協力/社会福祉法人こばと会
近年、少子化が進む一方で、子どもを取り巻く環境や家庭が抱える課題は複雑になり、保育・育成に求められる役割も変わってきている。そんな中、「子どもを一人の人として尊重する」という視点を大切にしながら、子どもたちと向き合っている多摩市諏訪の社会福祉法人こばと会(元井由隆理事長)。多摩市で半世紀以上にわたり地域の保育を支え、現在4つの保育園と6カ所の学童クラブ、多摩市こども家庭センター「たまっこ」、ヤングケアラー支援と子どもの居場所「リバティ」を運営している。今回、同法人でその考え方を日々の保育で実践している職員に話を聞いた。
第1回 「子どもが答えを持っている」
おむつを替えるとき、抱っこをするとき、「替えてもいい?」「抱っこしてもいい?」と声を掛け、その反応を待つ。まだ言葉を話せない赤ちゃんにも、意思はあるのだろうか。こばと会の日常には、子どもの意思を尊重する関わりが根付いている。その背景にあるのが、「子どもは一人の人格として、自ら育つ力を持つ存在である」という考え方だ。
こばと会では、子どもの発達や人権、自分と相手の身体や気持ち、意思や境界線を尊重する包括的性教育について学びながら、保育の土台となる視点を職員同士で共有している。
保育者一人ひとりの経験や感覚だけに頼るのではなく、学んだことを保育の共通認識として持ち、日々の子どもの姿を通して確かめていく。こうした学びと実践の積み重ねが、子どもの育ちだけでなく、保育者の見方や子どもとの関係も変えていくという。
「待つ」ことで見えたもの
「一番変わったのは、子どもを見るときの自分の意識です」と振り返るのは、保育士歴八年、こばと会が運営するあおぞら保育園(落合)で1歳クラスを担当する藤本理沙さん。研修で子どもの人権や包括的性教育について学ぶ中で、「子どもを一人の人として尊重する」考え方が、自分の中でより確かなものになったと話す。以前は、自分なりの感覚で声を掛けていたが、なぜそうするのかという根拠を持ち、子どもと関わる際の共通認識を職員間で持つようになったという。「大人だって、後ろから急に触られたら驚きますし、何も言われずに食事を下げられたら嫌ですよね。子どもも同じです。どんなに小さくても、一人の人として思いや意思があります。一歳にも満たない、まだ言葉を話せない子にも、ちゃんとイエスとノーがあるんです」と話す。例えば、おむつを替える前に「替えてもいい?」と尋ねる。すぐに抱き上げるのではなく、子どもがこちらを見たり、自分から近づいてきたりする反応を待つ。検温や場所を移動してもらう場面でも、理由を伝えながら子どもの意思を確認する。言葉で返せなくても、目線や表情、手を伸ばすしぐさなど、子どもたちなりの意思表示がある。こばと会ではその小さなサイン一つひとつをその子の気持ちとして受け止めることを大切にしている。そうした関わりを積み重ねる中で、子どもたちは自分から排泄を知らせたり友達を気遣う姿が見られるようになったという。「子どもたちは、私たち大人の姿を本当によく見ています」と実感を込める。
また、子どもに一方的に与えるのではなく、「どっちにする?どれにする?」と尋ね、自分で選ぶ経験を積み重ねることも大切だと話す。「子どもは、自分で選べたことがうれしいんです。『選べたね。じゃあやってみよう』というやり取りが続くことで、自信や意欲につながります」と目を細める。子どもたちの成長を感じるたびに、藤本さん自身も保育にやりがいと喜びを感じているという。目の前の子どもをもっと理解したい。その思いから、ベビーサインや発達支援についても学び続けている藤本さん。保護者とともに、その子に合った関わり方を考えられる保育士を目指している。
「赤ちゃん」ではなく、一人の人として
「赤ちゃんだから大人がやってあげるのではなく、一人の人として見るようになりました。子どもの意思を聞きながら一緒にやっていくことで、子どもができることも増えていきます」と語るのは保育士二十年目の小形友宏さん。あおぞら保育園での年月を通して子どもを見る視点が大きく変わったという。「子どもを一人の人として尊重する」という考え方は、幼児期に起きやすい子ども同士のトラブルへの関わり方にも生かされている。友達をたたいてしまった子に対して、すぐに「ダメ」と叱るのではなく、「どうしたの?」と尋ねる。何が嫌だったのか、何を伝えたかったのか。その理由を一緒に探し、言葉で伝えられるよう関わっている。
もちろん、最初からうまくいったわけではない。友達に手が出てしまう子も多く、クラスづくりは決して簡単ではなかったという。それでも、小形さんは「私も大事。あなたも大事」という言葉を繰り返し伝え続けた。根気強く関わる中で、手が出ることが少しずつ減り、年中児になると、これまで大人がしていた仲裁を、子どもたち同士で行うようになっていった。年長児には、友達が作った積み木を片付ける前に「壊していい?」と本人へ確認する姿も見られるように。相手にも意思がある。その当たり前のことを、子どもたちは日々の関わりの中で学んでいった。
保育を通して変わったのは、子どもだけではない。「園での子どもたちとの関わりや変化を通して、自分が子どもの頃に大人から受けた関わりを改めて振り返るようになりました。今までの価値観が壊れて、また作り直されていくような感覚でした」と小形さん。保育で得た学びは、自身の子育てや地域で携わる中学生へのバスケットボール指導にも、生かされているという。ある時、挨拶をしない中学生たちに「挨拶にはどんな意味があると思う?」と問いかけた。子どもたちが自ら意味を考えることで、少しずつ行動が変わっていったという。「やらされるのか、自分で意味を持ってやるのか。そこは保育園の子どもも、中学生も、大人も同じだと思います」と話す。自身も子育てをする中で、「親だからこうあるべき」「ちゃんと育てなければ」という正論に縛られた経験もあったと振り返る小形さん。「自分が答えを持っているのではなく、答えは子どもが持っていると感じます。だからこそ、まず子どもの声に耳を傾けることが大切なのだと思います」と語る言葉が印象的だった。
子どもが教えてくれること
子どもを一人の人として尊重し、その声に耳を傾ける。それは、大人が答えを教えることではなく、子どもの中にある思いや力を信じて待つことなのかもしれない。保育現場の声から見えてきたのは、子どもが育つ過程で、私たち大人もまた、自分の価値観を問い直し、育ち続けていくということだった。
こばと会の元井由隆理事長は「個人の経験則だけでは複雑な子育ての課題に向き合いきれません。子育ての専門職である私たちが率先して学び続け、視点を広げるとともに、支援の前提となる共通認識を持つことが必要です。子どもたちと向き合う中で、私たち大人も子どもの姿から学び、今まで見えていなかったその子の力に気づく。そこに保育や子育ての楽しさがあり、感動があるのだと思います」と話していた。
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