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大和 コラム

公開日:2026.11.06

徒然想 連載344 花のお寺 常泉寺 住職・青蔭文雄

  • 徒然想 連載344 (写真1)

 今月は、罪過(ざいか)を告白しているのに、それを許さない人は、心に怒りあり。憎悪で重く、怨恨(えんこん)を離れていない。私は怨恨を喜ばない。あなたの告白を私は受け入れる、です。

 出典は、インド、原始経典『相応(そうおう)部(ぶ)経典(きょうてん)』。

 天に住む神々が釈尊の所にやって来て、釈尊の非を咎(とが)めたという出来事から...。神々は釈尊を嘘つき者と非難するつもりでやって来たが、誤解と解り、釈尊に己の罪過を正直に告白し許しを求めた。これに対して釈尊が言われた言葉が冒頭の文言です。

 言葉の意味は明らかで、誰でもが肯(うなず)くことですが、いざ私達の今の生活に当てはめてみると、そう簡単ではないように思えます。罪過を告白しても容易(たやす)く許してはもらえないことが多いのですから。

 告白する方が素直に過ちを認め、懺悔しているかというと決してそうでもなく、形式的な謝罪に終わる事も少なくない。一方、迷惑を受けた方も「謝りさえすれば済むということではない。」と言い、心にわだかまる様々な思いをぶつけてから何とか落着する。これを釈尊は、怒りと憎悪、怨恨だと言っているのです。

 人と人、お互いに素直になれないのは悲しいことですね。

桃蹊庵主 合掌

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