横須賀版 掲載号:2018年8月17日号 エリアトップへ

浦賀港引揚船写真展 終戦直後 悲劇の記録 コレラを水際で阻止

社会

掲載号:2018年8月17日号

  • LINE
  • hatena
浦賀引揚の第1便となった「氷川丸」
浦賀引揚の第1便となった「氷川丸」

 第2次大戦後、国外の戦地から帰還する軍人や軍属の引き揚げ指定港となった浦賀の歴史を伝えるパネル展が、浦賀コミュニティセンターで開かれている。企画したのは市民グループの「中島三郎助と遊ぶ会」。残された記録写真などで戦争の真実を伝える試みだ。今月19日(日)まで。

 当時、在外日本人生存者は660万人以上で、生死不明者も相当数いたとされている。浦賀港では、中部太平洋や南方諸地域、中国大陸から帰還する56万余人を受け入れ、全国で4位、太平洋岸では最大だった。特にコレラが発生した引揚船はすべて浦賀沖に集められ、特別な場所となった。

 1945年10月、第1便となった氷川丸は、南方諸島のミレイ島から2486人の陸海軍人を満載していたが入院を要する患者が続出し、出迎えた人らの涙を誘った。

 翌年4月、華南方面からの引揚船内でコレラが蔓延。国内への感染を水際で防ぐため、検疫が終わるまでは上陸の許可が出ず、多くの船が海上に停泊した。旧海軍対潜学校(長瀬)に設置された久里浜検疫所では、史上空前の大防疫作戦が繰り広げられた。

 感染者は隔離施設に運び込まれたが、治療が追い付かず船上で命を落とした人も多数いた。コレラによる死者は数百人から数千人に上る。「『コレラ船の悲劇』など、忘れ去られようとする戦後史にスポットを当て、今日の平和を考えてみたい」と同会のメンバー。多くの来場を呼び掛けている。

 写真展は午前10時から午後4時。入場自由。

「負の歴史」後世に伝える

 西浦賀には「浦賀引揚記念の碑」がある。引揚船が接岸した、通称「陸軍桟橋」(西浦賀みなと緑地)に2006年、横須賀市が市制100周年の記念事業の一環として設置した。久里浜にあった旧海軍対潜学校に供養塔が建てられたが、その後久里浜少年院として使用されようになり、立ち入りが容易でなくなっていたため移築した。

 船体をモチーフに、引揚船の史実が刻まれている。祖国を目前にして船内や病院で亡くなった人の慰霊とともに、悲惨な引揚体験を後世に伝える役割を担っている。

西浦賀にある「引揚記念の碑」
西浦賀にある「引揚記念の碑」

横須賀版のトップニュース最新6

ワンピースが猿島ジャック

ワンピースが猿島ジャック 経済

横須賀市ほか、人気作とコラボ

5月24日号

準備工事が開始 8月着工

横須賀火力発電所

準備工事が開始 8月着工 社会

市民団体は中止運動を加速

5月24日号

「安針墓に毛髪」文献で判明

「安針墓に毛髪」文献で判明 文化

浄土寺に修繕の調査資料

5月17日号

若き才能 高まる期待

STAR FISH

若き才能 高まる期待 文化

横須賀発のアーティスト始動

5月17日号

新しい時代の船出

新しい時代の船出 社会

横須賀市長 上地克明

5月1日号

国際貿易港として栄えた

東叶神社記念碑

国際貿易港として栄えた 文化

浦賀は大航海時代の重要拠点

5月1日号

小学生が「先生」役

プログラミング体験講座

小学生が「先生」役 教育

連休中に市内で開催

4月26日号

あっとほーむデスク

  • 5月24日0:00更新

  • 5月17日0:00更新

  • 4月26日0:00更新

横須賀版のあっとほーむデスク一覧へ

イベント一覧へ

「やさしくなあに」

ドキュメンタリー映画

「やさしくなあに」

奈緒ちゃんと家族の35年

6月16日~6月16日

横須賀版のイベント一覧へ

最近よく読まれている記事

バックナンバー最新号:2019年5月24日号

お問い合わせ

外部リンク