鎌倉 社会
公開日:2025.07.18
御霊の帰る場所 いつまでも
戦没者慰霊碑を守る「明照会」
腰越にある霊光無盡(むじん)塔(腰越戦没者慰霊碑)で定期的な清掃を行うなど戦争の記憶を伝え続ける「明照会」(坂巻克美会長)が8月13日(水)、近年中止が続いていた慰霊祭のバザーを再開する。同会では「ご遺族や関係者はもちろん、地域の方々にもご参加いただけたら御霊の供養になる。ぜひ足を運んでいただけたら」と話す。
腰越の戦没者慰霊碑は、かつて腰越小学校にあったものを1950年に地域の遺族や住民が協力して現在地(腰越5の11)に移したという。日清戦争や日露戦争、第一次世界大戦、太平洋戦争等の戦没者を合祀し、慰霊碑に並ぶ石板には300人を超える名前が刻まれている。
この慰霊碑を守り、後世に戦争の悲惨さや平和の尊さを伝え続けるのが「明照会」だ。会員は遺族や有志など約50人。慰霊碑への献花や草刈りなどのほか、春や夏に慰霊祭も開催してきた。
お盆の慰霊祭では、多くの人に参加してもらおうと、会員の持ち寄りでバザーを行うのが恒例となっていた。売り上げは花代にあてられ、活動の支援にもつながる。
しかし、新型コロナの流行があり、ここ数年は中止が続いていた。
「このまま中止が続くと活動がしぼんでしまう。今やらないと」と、戦後80年という節目にあわせ、会員たちで夏のバザーを再開することに。役員を務める亀井則子さんは「地域の皆さんが来てにぎやかだった。あの光景を戻したい」とほほ笑み、「戦争では遠く国外で亡くなった方も多い。慰霊碑は、御霊が地元に帰って来る場所でもある。いつまでも守っていきたい」と話す。
バザーは8月13日(水)の午前9時から午後2時。雨天決行、荒天中止。なお、慰霊碑周辺には駐車場が無いため公共交通機関または近隣のコインパーキングの利用を。
腰越にも残る戦禍
同会の坂巻会長は、父親を戦争で亡くしただけでなく、戦時中に戦闘機の機銃掃射を受けた。
「小学校からの帰りに、突然空から『バリバリバリ』と凄い音がしたのは今も忘れられない」と話す。この時は、近くの家で屋根を貫いた弾によって亡くなった人もいた。「社会から戦争の記憶が薄れていくのは、平和であるからと考えれば良い事なのかも知れない。でも、戦争で亡くなった人を悼む気持ちは、いつまでも忘れてはいけないと思う」と、坂巻会長は石板を眺める。
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