秦野 ピックアップ(PR)
公開日:2026.10.23
秦野高等学校創立100周年記念特別号
秦野高等学校(大江雅美校長)が今年、創立100周年を迎え、10月29日(木)にクアーズテック秦野カルチャーホール(文化会館)大ホールで記念式典を開催する。2部制を予定し、第1部は午後0時50分から、第2部は2時45分から実施。卒業生は申し込み不要で参加可能で、中継を小ホールで見学することができる。
秦高につながる草創期
秦野高校の始まりは、140年前の1886(明治19)年に遡る。平塚市にある宗信寺=関連記事あり=本堂を仮校舎にした大住・淘綾(ゆるぎ)・足柄上郡の三郡共立学校から始まった。
同校が編纂した『創立百年史』によると、学校を作る場所に金目が選ばれた理由は、当時の産業の中心である稲作が盛んで豪農や寺が多かったこと、自由民権運動が盛んで教育に対する意識が高かったことなどが要因ではないかとしている。
旧金目小学校に三郡共立学校を移転後、大住・淘綾の統合で二郡共立学校に改称、新校舎を南金目の法伝寺に建設。郡制改正による中郡立中郡学校や、国の教育方針による中郡立農学校への改称を経て、1909(明治42)年に私立育英学校開校。関東大震災で一度倒壊するも大磯町の妙大寺本堂を仮校舎にし、金目に新校舎が建てられた。
1926(大正15)年に育英学校が廃校になり、その事業を学校組合が継承。組合立奈珂中学校設立が認可される。大根村下大槻103番地に敷地が選定され、ここから秦野高校100年の歴史が始まった。
100年の始まり
奈珂中は神奈川の奈と、「白メノウのような宝石」を意味する珂を書き、「県央の中の原石を磨いて一流の人材に育てる」という意味があったと考えられている。
昭和の軍国主義体制に入ると、「純朴篤厚なる地方的美風を保持する」という質実剛健の考えが生まれた。学校方針である質実剛健・智勇兼備・文武両道が出始めたのが、この頃になる。
奈珂中の校章は、一枚の盾の中に「NK中」の文字。盾は剛健な人材を育成する決意を表し、困難に屈することなく受け止め打ち勝つという意味が込められた。
その後、校名を神奈川県奈珂中学校に改称し、1931(昭和6)年に校歌制定。1935(昭和10)年の県移管で神奈川県立秦野中学校になり、1948(昭和23)年に神奈川県立秦野高等学校に改称された。
秦野中に変わる際、教職員・生徒に校章の図案を募り、3本のペンと3枚の盾を組み合わせ中央に「中」を刻んだものが選ばれた。これを「高」に変えたものが現在の校章になっている。
また、1950(昭和25)年に初の女子生徒3人が入学し男子校から男女共学になるが、1965(昭和40)年に再び男子校に。1974(昭和49)年に現在の完全な共学の形になった。
最近では2016(平成28)年度に県のICT利活用授業研究推進校に指定され、当時先進的なICT教室を整備。現在は県のSTEAM教育研究推進校に指定されるなど、伝統の中に新たな挑戦を取り入れている。
100周年記念式典
10月29日に行われる記念式典では、卒業生の城所海司さん(高69回)=関連記事あり=が司会を務める。担当教諭が編集したオープニングムービーを皮切りに式典が始まり、閉会後に卒業生の新田渉世さん(高38回)の記念講演も予定。第2部では、1〜2年生の有志19人と教員で構成される「100周年記念発表プロジェクトチーム」による記念発表が行われる。
その他、展示室では午前10時から午後4時45分まで、記念展示会を実施。午後5時からは秦野商工会議所での祝賀会を予定している。
◆以下の画像をクリックかタップするとデジタルブックが開きます。
秦野高等学校創立100周年記念特別号
ピックアップ
意見広告・議会報告
秦野 ピックアップ(PR)の新着記事
コラム
- LINE・メール版 タウンニュース読者限定
毎月計30名様に
Amazonギフトカード
プレゼント! -

あなたの街の話題のニュースや
お得な情報などを、LINEやメールで
無料でお届けします。
通知で見逃しも防げて便利です!












