高津物語 連載第八九一回 「太平洋戦争戦没者慰霊碑」
天皇皇后両陛下は太平洋戦争の戦没者を慰霊するため、戦後七十年の節目の年に当たる今年、四月四日にパラオ共和国パラオ諸島及びベリリュー島を訪れ日本とアメリカの慰霊碑に参拝された。
パラオ共和国は、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島と共に、第一次大戦まではドイツの植民地で、戦後ヴェルサイユ条約及び国際連盟の決定によりわが国の委任統治下におかれ、昭和十年頃からは、五万の人々が住むようになったという。
以前私の高津小学校同級生諏訪山本美代子さん(旧姓小黒)から「高津の戦没者慰霊碑」を取り上げる様依頼があった。高津区戦没者慰霊碑は、昭和三十四年巳亥歳皐月溝口三丁目一六番地溝口南公園前に建っている。
郷土の平和を祈って
私達の先輩は戦没した
祖国の平和を護って
犠牲者は眠っている
世界の平和を念じた
私達は永遠に
忘れない
横三米・高さ一米の台座上に横二米縦二米の大石、そこに川崎市長金刺不二太郎氏謹書の碑文が刻まれている。
又台座を支える様に、左右一・五米の那智石を散りばめた礎石が、左右四個ずつの大谷石の土台石で固められている。
裏面には建設促進会の会長鈴木巌、副会長恒川清、顧問田辺秀治、川辺健一、鈴木八郎、常任委員―鈴木括雄、川辺健二、持田繁一、吉野吉兵衛、菅沼彜、星川功、滝村市治、太田正蔵、川辺善一、斉藤栄吉、満束金作、斉藤誠一、中村松治、小川周作、中野恵司、毛塚武雄、黒川彦次郎、関口柳作、森谷惣助、川辺公平、武笠寅吉、大島金蔵。
戦没者名簿保管場所は溝ノ口神社、溝口宗隆寺各町会長各町会有志一同、石材工事請負者―大石瀧十、小俣善松、細川孝吉、鈴木善太郎。
高津地区鳶職組合
GO!GO!!フロンターレ4月26日 |
|
|
|
GO!GO!!フロンターレ4月19日 |
|
4月26日