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戸塚区・泉区 社会

公開日:2026.06.18

あの頃の泉区、これからの泉区 vol.9〜2026年泉区制40周年〜 #住むなら泉区 自然と共存できる環境を 松本亮平さん(画家)

  • 松本亮平さん(37歳)…岡津町出身。画家。最近では中和田小学校で横浜グリーンエクスポを記念した壁画のちぎり絵の指導や、ゆめが丘で動物の絵を描くワークショップを実施。手に持つのは、学生時代に泉区の風景を描いたもの。

    松本亮平さん(37歳)…岡津町出身。画家。最近では中和田小学校で横浜グリーンエクスポを記念した壁画のちぎり絵の指導や、ゆめが丘で動物の絵を描くワークショップを実施。手に持つのは、学生時代に泉区の風景を描いたもの。

  • 自然と共存できる環境を (写真2)

 地元、泉区にアトリエを構えるのは画家の松本亮平さん(37)。アトリエは美術教師をしていた父親からゆずり受けた。モチーフとして多く登場するのは、生き生きとして今にも動き出しそうな動物たち。「自分で体験したこと、見たものを絵に落とし込んでいる」と微笑む。魚を描くために、実際に阿久和川からオイカワを釣り、姿を観察したこともあるなどのこだわりも。

動物への関心を表現

 「昔はもっと住宅が少なくて山がずっと繋がっていました。山の中で近所の子どもたちで集まって秘密基地をつくったりしてよく遊んでいましたね」。小学生の頃には発展し変わっていく街の様子を作文にしたことも。

 松本さんは父親の影響もあり、幼い頃から常に絵を描くことが身近にあった。子どもの頃には動物やアニメのキャラクターを描いていた。

 本格的に画家を志すきっかけとなったのは、大学での研究室生活だった。生物に興味関心を持ち続け、理系の道に進み、タンパク質の構造などを研究する「構造生物学」を専攻し大学院まで研究に没頭。一方で、研究室では実験中、光で生物のサイクルを調査することもあり、窓の無い部屋で長時間過ごすことも多かった。閉塞的で滅入りそうになった時に、地元の風景を描くことが息抜きとなっていた。風景画から本格的に作品として絵を描くようになった。会社員として東京や海外へ赴任し居住地を移したこともあったが、その後、日本の美術界の登竜門「昭和会賞」をはじめ賞の受賞や展覧会への出品。画家として泉区に戻った。

「カケス」の発見に喜び

 日課は毎朝の散歩。新橋天神の森公園から阿久和川の方へと抜けていくルートがお気に入りだ。30年以上住み続けているが今でも新鮮な出会いがある。「最近、近所で『カケス』という羽のきれいな鳥を見つけました。ここに住んでいて初めて見たので驚きました」と笑顔を見せる。「カワセミも子どもの頃より色んな所で見かけるようになりました。昔よりも川がきれいになってきているしカワセミも環境に慣れたのでは」と目を細める。ゆめが丘駅周辺の開発など、街の移り変わりを肌で感じてきたからこその思いがある。「人が増えても、みんなが少しずつ環境に気を配れば、自然との共存もできるはず。豊かな自然を残しつつ、良いバランスで今後も泉区が発展していってほしい」と未来に願いを込めた。

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