さがみはら南区 文化
公開日:2026.04.27
「磯部城」知ってる? 室町時代の戦乱跡
「〇〇城」と聞くと、空に届きそうな立派な天守閣を思い浮かべる人が多いだろう。天守閣はないものの、相模の大凧まつりの会場の一つ、上磯部会場近くにある「上磯部土塁」は室町時代の長尾景春の乱の際に景春側の武将・金子氏によって築城された「磯部城」の一部と考えられている。
土塁が記憶を伝える
土塁とは土を盛り上げて作った堤防上の防壁のこと。1986年の測量調査では、東西に伸びる幅約10m、長さ約60mの土塁と、南北に伸びる長さ約30mの土塁が確認された。市文化財課の中川真人さんは「関東地方における戦国時代直前の時代を語る土塁」と話す。
金子氏は小沢城(現在の愛川町)の城主であった。相模川を越えて攻められないために磯部城を築城したとされる。「太田道灌状」や「鎌倉大草紙」には、その後扇谷上杉氏に仕える武将であった太田道灌によって攻め落とされたことが記されている。
中川さんによると、城の中心が微高地であることから能徳寺か御嶽神社(下磯部)であったと考えられているが、特定できるものは見つかっていないという。
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