町田版 掲載号:2018年4月26日号
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町田万葉散歩【10】 「くじら山の思い出」沢野ひとし

 我家から東の方面を望むと「町田えびね園」の丘陵が眼に入る。緩やかな大地に約三万株のエビネが群生しており、初夏にかけて多くの人が訪れる。クマガイソウ、クリンソウなどの山野草や鮮やかなアジサイも人気が高い。

 えびね園を近所の子どもたちは「くじら山」と呼んでいる。たしかに鯨にそっくりな形をしている。えびな園の隣の薬師中学校に通っていた息子はふざけてくじら中学校と呼んでいた。

 くじらの尾ひれのあたりにモダンな形をした団地の給水塔があり、夜はライトが点滅している。そんな風景をすでに四十数年眺めてきた。年々新築の家が建っていくが、この地域のまわりは風致地区に指示されているので、まだ里山の原風景が残されている。

 町田市は都会の便利さと、一歩郊外に出ると緑が豊かに残っており暮らしやすい町と実感する。七〇歳を超え、油断をすると生活の張りがなくなるのか、一気に老け込んでしまう。それにしても若い頃は毎週のように都心へ仕事や遊びで出かけていたのに、今では一歩も家から出ない日も多くなってしまった。

 丘陵地帯の欠点は坂道が多く、歳を取り足が弱ってくると散歩も億劫になってくる。犬を飼っていた頃は毎朝遠くまで散歩に出かけていたが、犬が亡くなった後は、喪失感を抱えたまま、いつも散歩コースにしていたくじら山あたりを眺めている。

 ささいな事で喧嘩ばかりしている我が夫婦の楽しみは散歩である。ともかく足腰を維持するために、坂道に負けず波うつ丘陵を歩いている。夕暮れに家に戻ってみると、アサガオの鉢が玄関に置いてあった。きっと息子夫婦がやって来たのだろう。



 朝顔は 朝露負(あさつゆお)ひて

 咲くといへど

 夕影(ゆふかげ)にこそ

 咲きまされけれ

(巻十―二一〇四)



 この一句が思わず口に出てしまう。この頃は対の棲家にしたこの土地、この坂、季節の花に感謝をしている。

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