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公開日:2023.08.24

町田出身関取
再浮上 つかんだ「15番」
市に勝ち越しを報告

  • 相手を崩す、得意の「左四つ」を生み出す左手を差し出す紫雷関※左四つ・・・左手を相手の右の懐に差して組み合うこと

  • 石阪市長(右)に勝ち越しを報告した紫雷関

 町田市出身の関取、紫雷匠(しでんたくみ)関(31・/木瀬部屋※本名:芝匠)が7月に行われた大相撲名古屋場所で8勝7敗と勝ち越し、その報告のため、市役所を訪問した。市が把握しているなかで町田出身の関取は紫雷関が2人目といい、現役では唯一。市担当者は「地元の関取として、これからも応援していきたい」と話している。

 紫雷関が市を訪れたのは今月17日。出迎えた石阪丈一市長らに初めて挑んだ15番について語り、話題となったのは7勝7敗で迎えた千秋楽の一番。相手を吊り出した取り組みに市関係者らからは「勝負強かった」との声が挙がり、「紫雷関の取組結果を毎日、気にしていた。より上位を目指してもらいたい」と市長はコメント。

 激励を受けた紫雷関は「皆さまに応援してもらい、ありがたい。名古屋場所は連敗スタートとなったが勝ち越せて良かった。これからも、一番でも多く相撲が取れるようにがんばるだけ」と笑顔をみせた。

ようやく

 紫雷関にとって、名古屋場所はようやくたどり着いた15番だった。大相撲は序ノ口と呼ばれる番付からスタートし、その次の序二段、三段目、幕下、十両、幕内と成績によって番付が上がっていく仕組みとなっているが、関取と呼ばれ、15日の間、土俵に上がることができるのは十両から。

 紫雷関は21年に十両昇格を決めていたものの、その直後に「自分の責任で」(紫電関)、直後の場所を休場。新十両として土俵を踏むことなく、再び幕下に降格し、再昇格を目指してきた経緯がある。

 紫雷関は「降格した時は、十両昇格を祝い、母校から贈ってもらった化粧まわしをつけることを目標にしてきた。巻くことができて良かった」と振り返る。

強い人に

 紫雷関が相撲を始めたのは小学生の時。地域のわんぱく相撲大会に出場したことをきっかけに、本格的に取り組むようになり、学生時代に実績を残した後、14年に角界入り。怪我に見舞われるなど、これまで思うように白星を伸ばせず、30歳を超えてからの十両昇進となったが、紫雷関は「これまではハングリーな気持ちが足りなかったところもある。大相撲が好きだった祖父の影響もあり、強い人に憧れて選んだ道。がんばっていきたい」と今後について語っている。

 次の場所は9月。所属する木瀬部屋のある墨田区両国にある国技館で開かれる。

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